第10話「初めてのクラスメイト」
「ユウがアッシュ様のご令嬢、口説いてる」
「アッシュ様に殺されても、知らねえぞ」
ここが学び舎であることを忘れ、私とユウは二人だけの空間を作り上げてしまった。
おかげでユウは同級生の方から茶化されることになり、申し訳ない事態へと陥る。
(でも、やっとユウの表情が解れた)
連続殺人事件を解決できていないこともあって、ここ最近は誰もが張りつめた様子だった。
ユウに本来の自然な笑みが戻ったことを確認できて、大きな安堵感に駆られる。
(ずっと張りつめた空気に、さらされてただろうから)
ユウと一緒に笑うことができたら、どんなに素敵だろうかと夢を見る。
でも、十六年の贄生活で培った感情を抑えるという日常は、ユウとのアカデミア生活を楽しませてくれない。
「ねえ、ステラ様っ」
ユウの監視から少し外れた私に話しかけてきたのは、転校初日に出会った女子生徒。
明るい笑顔が特徴的で、自分の個性を表現するためなのかスカート丈の長さが短めなのがポニ。三つ編み姿で、いつも静かで控えめなのがノーナだと教えてもらった。
「ステラ様って、ユウのこと好きなの?」
「ポニちゃん、失礼だよ……」
「えー、だって森契の盟の人たちって、ちっちゃい頃から付き合いがあるんでしょ? 恋心のひとつやふたつ、芽生えても可笑しくないのかなーって」
ポニが積極的に話しかけてくれることを嬉しく思ってはいるものの、同性の友達を作ったことがない私はどうしても委縮してしまう。
「ユウって優しいから、どうしても競争率が上がっちゃうんだよね」
「ポニちゃん、失礼だよ……」
「ユウを狙っている人が多いのは事実でしょ?」
こうして元気に声をかけてくれるポニのような人がいると、事件の記憶を一瞬だけでも忘れさせてくれるのは助かる。
「ステラ様はアッシュのご令嬢様だから、お相手はサクヤ・ブルック様がお相手かぁ」
でも、話の内容が恋心に関するものだと判断できると、私は作り込んだ苦笑いを浮かべることしかできなくなる。
「サクヤ様って、寡黙なところが素敵だよねー」
私は、まだブルック家の人間と会ったことがない。
けれど、アリドミアに住んでいる人たちは、森契の盟に属するブルック家のことをよく知っていた。
「それを言ったら、ユウくんも……」
「当然っ。ユウが一番かっこいいのは、私が誰よりも理解してるんだからっ」
シャロ家の血を引いているせいなのか、精霊と絆が結ばれている特別感からなのか。
恋心が複雑に絡み合っているのを、雰囲気だけで感じ取ることができる。
「ユウと恋仲になれたら、それだけで人生が豊かなものになるの」
精霊との絆を紡ぐことができるのは、シャロ家と森契の盟に継承されている契約札を持つ者に限られている。
(一般の魔法使いが森契の盟と婚姻関係を結べば、契約札が手に入る……)
シャロ家と森契の盟に流れる血筋が貴重と聞き知ってはいても、それが外部の人間から語られることで現実は重みを増す。
「……お二人は、ユウに好意を抱かれているのですね」
「そうっ! 恋敵同士ってやつ」
「恋敵だなんて……そんな、私は……」
ポニは自分の気持ちに実直なのに対して、ノーナは顔を真っ赤に染め上げた。
「私は……その、夢を見られるだけで光栄と言いますか……」
「まあね。一般人と、森契の盟の方々が結ばれるなんてお伽の世界の話だから」
ここ数日でアカデミアの様子を観察して、モス家以外の森契の盟には多くの好意が寄せられているのが分かった。
森契の盟の中でも序列の低いフェリーさんは嫌がらせの対象なのに、ほかの森契の盟には好意を向けられているという歪さは今も気にかけている。
「いいなぁ、ステラ様は」
同級生の機嫌を損ねないように会話を進めているつもりでも、初めてのアカデミア生活に体が慣れてくれない。
「言い方が悪いけど、選び放題だもんね」
ごく普通の、恋話が繰り広げられていると思っていた。
「森契の盟のご令嬢様たちは、みんなユウと添い遂げる資格を持ってる」
でも、背筋が凍るような悪意の感情を拾い上げた体は身震いを引き起こす。
「私だって、ユウを幸せにしたい」
引きつった笑みになっている自覚があるため、私はほんの少しだけ視線を下げて会話からの逃走を図ろうとした。
「血筋ですべてが決められたら、私は一生、勝つことができない」
なるべく平静を装う。
自分に悪意が向けられているのは確かなのに、目の前で私と会話をしているポニは楽しそうに笑っている。
「女性も平等に教育? 労働? 確かにそれを望んでる人たちもいるかもだけど、私はユウと添い遂げたい」
誰しもが裏の顔を持っているということなのか、私に悪意を向けているのは別の誰かなのか。
判断できない感情が渦巻いていることに恐怖を感じ、再び背筋が凍りつきそうになる。
「だから、ステラ様との会話は禁止だって……」
自分から投げかけた話題が、悪意を呼び込むことになってしまった。
視界が涙で滲む前に、ユウが私たちの会話に割り入ってくれた。
「それはユウが決めたことでしょ? ステラ様は、私たちとお話する時間を選んでくれたの」
「アッシュ家の命だって、言ってんだろ」
「すぐアッシュ家を盾にするんだから」
隙を見て、教室中へと視線を向ける。
向けられている悪意の根源となっているのが誰なのかを突き止めるほど、人間は感覚に優れているわけではない。
なんとなく怖いという心細い感覚を辿ろうとすると、ユウとポニの会話に入れなくなっているノーナと目が合った。




