第9話「学園生活」
「贄になってから、感情が揺れ動くのを感じます」
「お嫌ですか?」
「……恥ずかしい、です」
そっと、小指同士を絡め合う。
「いいですね、人間らしいシャロ家の魔女も」
「フェリーさんばかり、楽しそうな声を出さないでください……」
指先が触れ合う瞬間、心臓が壊れてしまうんじゃないかと思うくらい高鳴った。
その、心臓の音すらフェリーさんに聞かれてしまっているのではないか。
そんな焦りの中、私は狡い選択肢を遂行していく。
「僕たちの間で、永遠の約束を交わすことができたらいいのですけどね」
しっかりと結ばれていたはずの指が、ゆっくりと離れていく。
私とフェリーさんの距離は、再び遠ざかっていく。
「さて、ステラさん」
フェリーさんの熱が感じられなくなった時期を見計らって、いつもよりほんの少し低い彼の声を聴覚が拾う。
「ステラさんは、何を隠していらっしゃるんですか」
フェリーさんが、エグバートさんの右腕的役割を担っているという確信は当たった。
私の体は再びフェリーさんの視線に捕らえられて、私は逃げ場を失った。
(早く、事件の犯人を見つけなきゃいけないのに)
フェリーさんと一緒に学園へと登校するかたちになったけれど、教師であるフェリーさんは私をすぐに突き放した。
一気に離れてしまった距離を縮める手段は思いつかず、私は心もとない足で自分が在籍するクラスへと向かった。
(物語の主人公になるためには)
私が男女共学のノクティス・アカデミアに通い始めてから、校舎の中で遺体が発見されることはなくなった。
犯人の手がかりになるような情報を得ることができないまま、時間ばかりが過ぎていく。
「フェリーさんとの約束……」
殺人鬼を見つけることができない恐怖や不安は、魔法使いの中でも立場の低いモス家へぶつけられていく。
フェリーさんが心優しいこともあって、何をしても許されると思い込んでいるのかもしれない。
「はぁ」
感情というものに肌で感じられる重さはないはずなのに、教室で椅子に腰かけているだけで気持ちが沈んでいく。
「ステラ」
「調子に乗ってました」
同じ教室で時を過ごすユウは、休み時間のたびに私の様子を伺いに来てくれる。
言葉を交わし合える相手がいることにありがたさを感じつつも、事件解決が行き詰まっている現実に変わりはない。
「私が囮になれたら、これ以上の犠牲を出さずに済むと思ったのに……」
「そもそも、狙ってくる人間もいない。だろ?」
まるで先の展開が見えているような言い回しに頬が膨らんでくれたらと願うものの、凝り固まった自分の表情に変化は訪れない。
「私、シャロ家の魔女って名乗ってませんよ」
「アッシュ家の令嬢設定ってだけでも十分」
事件を解決できないのは、お互い様。
そう言わんばかりの気楽さと気軽さを兼ねたユウの言葉を受け止める。
「それだけ、アッシュ家は森契の盟で最も権力があるんだよ」
同じ教室で、同級生の関係を築いているユウと言葉を交わしていると、《《対等》》を感じられることを嬉しく思う。
でも、嬉しいと感じていいのは、心の内だけだと気を引き締める。
「引きこもりだったアッシュ家の令嬢が、表舞台に立つことの意味くらいわかるだろ?」
「……警戒されますね」
「でも、おかげで生徒の殺害は止まった」
ユウの声には心配という気持ちが込められているのを感じているからこそ、未だに事件が解決されないことを重く捉える。
「ステラは強い。囮になったところで、心配する必要もないくらい強い」
「また、シャロ家の血……ですか」
「嫌な顔すんなって」
「……嫌な顔、できてました?」
私はエグバートさんの妹という設定でアカデミアに通っているため、ユウとは密やかな声で話をしなければいけない。
そういう事情もあって、私たちは近い距離で話し合っていた。
「上手く笑えないのに」
おかげで、ユウの人差し指が動きを見せなかった頬に直撃する。
「不機嫌なとこは、なんとなくわかるようになった」
痛みを感じることはないけれど、伸ばした手が届く距離で話し合っていたことを自覚する。周囲からの視線が刺さるように感じるのは、気のせいではないのかもしれない。
「双子は災いをもたらすって理由だけで、シャロ家は簡単にステラを手放した」
事件の影が色濃く残っている校舎の空気に気疲れしているのは、どうやら私だけらしい。
生徒たちは学生らしい爽やかな笑みを浮かべて日常を送っていて、連続殺人事件が起きているなんて思えない平和な空気が広がっている。
「それを不審に思うくらい、ステラに流れる血筋には価値がある」
教室の窓から差し込む朝の光が、まるで精霊と魔物なんて存在がいなかったように世界を明るく包み込んでいく。
「森契の盟の人間としては、シャロ家の魔女様を簡単に渡すわけにはいかない」
「だから、囮にはなるなと…‥」
「他人を心配する気持ちも、囮になりたいって気持ちも尊重する。でも」
お互いに事件を解決できない悔しさを内に秘めていることが分かって、心がほんの少しだけ安堵の気持ちを取り戻したときのことだった。
「自分の体調も気遣ってほしい」
俯いてばかりいたら、顔色を確認できない。
そう言われたわけではないけれど、ユウの右手が私に顔を上げるよう促してくる。
真剣な眼差しを向けられて、次に向ける言葉を見つけることができなくなる。
「無理すんな」
その言葉に、一瞬だけ迷ったのは事実。
でも、向けられた真摯な眼差しに押されて、自分のことも気遣わなければいけないと反省する。




