第6話「無関心」
「音精霊と何をして……」
フェリーさんの傍には、狐の外見をした音精霊が控えていた。
音精霊は主のフェリーさんと一緒に、屋敷の外壁を掃除しているように見えた。
「っ」
それらは屋敷を綺麗にするための行為であることに間違いはないけれど、綺麗にするという言葉の意味合いが違った。
煉瓦造りの小さな落ち着きある屋敷に近づくことで、屋敷の外壁が多くの落書きで覆い尽くされていることが鮮明に確認できた。
「お二人とも、おはようございます」
妹のクレアのおかげで、読み書きはできる。
壁に書かれた《《死を意味する言葉》》に体を震わせた私に対して、壁を綺麗にしていたはずのフェリーさんは穏やかな笑みを浮かべながら挨拶を返した。
「フェリーくん、手伝う……」
率先して壁の落書きを消そうとしたアスマさんだったけど、フェリーさんはアスマさんの厚意を拒んだ。
「学園に行かないと、遅刻しますよ」
まるでこの屋敷に住む人たちに、生きている資格はないと言わんばかりの言葉の数々が壁に張り巡らされている。
音精霊の力だけで、どれだけ汚れを落とすことができるのか。
音精霊自体がそれを察しているらしく、私に不安そうな視線を向けてきた。
「教師が遅刻したら、アッシュ家の人に……」
「僕なら大丈夫です。僕はアッシュ家の権力を使った、お飾り教員ですから」
この屋敷に住んでいる人は誰ですか。
そう問いかけるところから始めなければいけないのに、それらを口にする必要すらない。
「アスマくん、ステラさんのことをお願いしま……」
この屋敷に住んでいるのがフェリーさんだと気づいた瞬間、私と約束を交わしている音精霊が姿を見せた。
フェリーさんの音精霊と一緒になって、壁の汚れを落とすために力を貸してくれた。
「ここには、私が残ります」
「ステラさん、僕なら大丈夫……」
「あとで、学園まで送り届けてもらえますか」
どんな言葉を投げかけても、どんな行動をとっても、それらすべての厚意をフェリーさんは拒絶してしまうと思った。
だから、ここはどんなに狡いと思っても、シャロ家の権力を利用することを思いついた。
「私はフェリーさんに送ってもらいます」
アスマさんは最後の最後まで私の心配をしていたけれど、学び舎がある元の方角へと体を向き直してくれた。
「すみません、フェリーさんの許可も得ずに……」
「いえ、ステラさんの護衛は、僕たち森契の盟に与えられた使命ですから」
フェリーさんが柔らかく微笑んでくれて、自分の厚意を押しつけることに成功したことへの嬉しさが生まれてくる。
でも、目の前の壁に書かれた罵詈雑言は自然と口角を下げてしまう。
「呪文を忘れた魔法使いは、音精霊に助けられっぱなしです」
「魔法使いだったら、こんな落書き……すぐに消さないといけないですよね」
昨日は学園に向かう際に、フェリーさんが住まわれている屋敷がアッシュの敷地内にあることに気づかなかった。
永遠に見つかることのないように、木々に隠れるように建設されたフェリーさんの屋敷に違和感を抱く。
「ここは、アッシュ家の敷地……ですよね?」
「はい、僕はアッシュ家に居候……お世話になっています」
フェリーさんの柔らかな笑みは絶えることがない。
壁に書かれてある文字がなんなのか気にも留めずに、音精霊が落書きを消すことができるようにフェリーさんは誘導していく。
「実家は、処分しました」
フェリーさんに倣って、どうやれば音精霊が力を発揮しやすいかを考えていく。
「家なしだった僕を拾ってくれたのが、アッシュの現当主様なんです」
さらりと言葉を流していくフェリーさん。
だけど、実家を処分という言葉に引っかかりを感じずにはいられない。
「あ、エグバートはアッシュ家の次期当主であって、現在はエグバートのおばあ様が当主の座を守っています」
「……お優しい方なんですね」
「ええ、今も必死に考えていると思います。どうすれば、魔物の脅威から人々を守ることができるかということを」
シャロ家が格別の扱いを受けているため、シャロ家の尊厳を守るためにも森契の盟を纏める人材が必要となってくる。
その任を請け負ってくれたのが、アッシュ家だったということがよく伝わってくる話だった。
「あの、フェリーさんのご家族は……」
「え?」
なんてことない世間話。
フェリーさんにとっては、私との会話は世間話の一環でしかないのだと気づいた。
「ああ、えっと……実家を処分、というところですね」
自分のことを、気に留めないでほしい。
そんな彼の気持ちが伝わってきて、彼の内側にある事情に踏み込んでいいのかすら躊躇ってしまう。でも、私は、このまま話を流すということができなかった。
「モスは、滅びました」
私が尋ねなければ、フェリーさんは事実を隠し続けていたのか。
私がアッシュ家に滞在することで、自然と情報を得ることを期待していたのか。
彼は再び、なんてことない世間話のように言葉を流そうとする。
「他人事のように聞こえてしまうのは、私だけでしょうか」
フェリーさんの顔を真っすぐ見られなくなっているくせに、私は生意気な口を開いた。




