第5話「血縁者」
「ソーン家当主の家内、カオンと申します」
これから神聖な儀式が始まるような艶やかなローブ姿に見惚れるべきなのに、彼女の瞳があまりにも冷たいことにたじろいでしまった。
「俺の……母さん……」
「やっと、やっと、お会いできましたね」
「母さん、落ち着いて……」
「我が家系にも、シャロ家の魔女様を匿っている件は伝わっております」
彼女の凛とした声質を聴覚が拾い、身が引き締まるのを感じた。
「この子、綺麗な肌に残った傷が消えないんですの」
無理矢理にアスマさんの手を引き、手の甲に刻まれた爪痕のような傷跡を見せつけてくる。
「聖精霊がいれば、こんな傷……あっという間に治すことができるのに」
怪我をしているのはアスマさんの方なのに、カオンさんは自分が傷ついているかのように苦痛で顔を歪ませた。
「ステラ様のお力を……」
「母さん」
アスマさんが強い力で、カオンさんに掴まれた手を振り解いた。
そして唇を噛み締めながら、手のひらで傷跡を隠してしまうアスマさん。
「ステラ様、どうか選択をお間違えになりませんように」
「母さん……!」
寡黙な印象を与えていたアスマさんが、初めて声を上げるところを見た。
「シャロ家を誰よりも敬愛しているのは、ソーン家だということをお忘れなく」
「母さん……! 本当にやめ……」
「あなたでは、ステラ様の寵愛を受けることが難しいと思ったの」
息子を心配する母親、という話ではないことはなんとなく察した。
執念のような、狂気にも似た感情が、朝の神聖なる空気を穢していく。
「だから、私がステラ様に懇願しなければいけな……」
「母さんっ!」
カオンさんの言葉を制止させたのは、息子であるアスマさんだった。
一瞬だけ、アスマさんの瞳が揺らいだようにも見えた。
息子の涙を感じ取ったのか、それ以上、カオンさんが言葉を紡ぐことはなくなった。
「お気をつけて」
カオンさんは私に深く一礼し、息子のアスマさんに目をくれることもなく立ち去っていった。
「魔女様……ごめん……朝から、母さんが……」
アスマさんの声が震えている。
「聖精霊を呼んで、治療を……」
「大丈夫……大丈夫だから……」
「でも……」
「治癒魔法が使えない俺が悪い」
それは母親への恐怖からくるのか、見えない未来に対する恐怖からくるのかは判断できない。
「可笑しいよね……魔法使いなのに、治癒魔法も使えないなんて……」
「|精霊に頼ってきた魔法使い《私たち》は、呪文すら碌に覚えてませんよ」
「っ、違う。みんなは優秀……俺は……」
アスマさんの震えを解くために口を動かしていくものの、自分の言葉では彼を救うことができない。
「誰が、魔法使いに順番をつけたんでしょうね」
自分には何もできないという嘆きを、悪と咎めることはできない。
自分は本当に何もできないと理解しているから、自分の存在を否定してしまう。
そんなアスマさんの気持ちが分かるからこそ、下を向きたくないと思った。
「シャロ家の魔女は崇めるべき存在……本当にそうでしょうか」
「何、言って……」
「魔法使い全員で、魔法使いの質を問う闘いをしないとわからないです。本当の序列なんて」
今の私にできることは、アスマさんに寄り添うことだと思ったから。
逃げ出すという選択は選ばずに、自分の中に生まれる言葉をしっかりと紡いでいく。
「愛が、他者を傷つけるものであってはなりませんよね」
「っ」
贄として育てられた私は、家族の在り方というものを知らない。
妹のクレアが与えてくれたものがすべてだとしても、理想を語るくらいのことはできる。
「母さんだけじゃなくて……ソーン家は、みんな、あんな感じで……」
「序列を重んじているんですね」
「重んじるどころか……囚われてる」
初めて語られる血縁者の話に呆然としてしまったのは事実。
ラピスレン国に住む誰もがシャロの血に敬意を示していることを、あらためて胸に刻んだ。
「ご自分を、守ってください」
「……俺は、魔女様を守らないといけなくて」
「アスマさんも、囚われてますよ」
「っ」
精霊との縁を切ることを選んでも、選ばなくても、この意味のあるようでない序列は消滅させなければいけないのかもしれない。
「私は、傷ついてません」
「っ、魔女様……!」
「実力もわからない魔女よりも、ご自分の心を守ってくださ……」
下へ下へと向き始めていた視線を恥じるように、アスマさんは顔を上げた。
そして、私を真っすぐに見つめてくる。
「いたいな……魔女様と一緒に」
アスマさんの心に、深い傷が残っているような気がしてならない。
「ずっと……魔女様と一緒にいたい」
指を曲げて、開いてを繰り返して、自身の手をさ迷わせるアスマさん。
自分の中の迷いと葛藤するアスマさんと距離を縮めようと、一歩先へと踏み出そうとしたとき。彼は、私から視線を逸らした。
「ほんと、人間の感情って……汚いから」
何を見ているのかと彼の視線を追いかけると、木々の間に見える一軒の屋敷へと目を向けていた。
「フェリーさん……?」
アッシュ家の敷地には、アッシュ家の権威を象徴するための華やかで豪勢な屋敷がそびえ立っている。
迷子になってしまうほどの盛大さを誇るアッシュ家の敷地に、ぽつりと小さな煉瓦造りの民家のような建物が存在していたことに気づく。




