第4話「平和で、平穏」
「昨日の勇ましさ、なくなってる」
「人を疑うって、こんなにも気分が悪いものなんですね……」
月の光が姿を隠してしまう時刻になり、私とユウは再び高校の学び舎へと向かうことになった。
アスマさんの支度が整うまでは、ユウと二人きりの時間を過ごせる。
そんな時間に甘んじて、私は思い切り弱音を溢れさせた。
「知り合いを疑うくらいなら、一度も会ったことのない人間を疑った方が楽だよな」
太陽が昇り、光精霊が学園に向かう前の私たちへと集ってきた。
光を発しない光精霊は、ごく普通の栗鼠のようにも思えるところが新鮮だった。
「無理……すんなよ」
光精霊がユウに群がっていたことが理由で、彼の長めの前髪は彼の表情を隠してしまった。
「ちょっ、大事な話してんのに……」
「ふふっ、心配しすぎだっていう精霊のお咎めかもしれませんね」
「……まだ、ソーン家ともフェリーくんとも決まったわけじゃないから……って、こら」
体を滑り台のように利用してくる光精霊たちに、解散するように手で追い払う仕草をするユウ。
すると約束も交わしていない光精霊たちはユウの意図を察し、アッシュ家の庭へと駆けていく。
「はぁ、約束も交わしてないのに、なんでこんなに懐いてくるんだよ……」
それはユウの人柄だと声をかけたかったけれど、私はユウが発した何気ない一言に引っかかりを感じてしまった。
「あの、どうしてフェリーさんだけ名指しだった……」
疑うことの罪を背負いながら、気を引き締めるために手をぎゅっと握った。
「ん? あ、悪い。まだ家族構成が把握できてなかったな……って」
光精霊たちは庭に駆けていくとばかり思っていたけれど、光精霊はエグバートさんが休まれている部屋へと向きを変えた。
「って、違う! エグバートくんは休んでんだって!」
遊び相手を失った光精霊は、別の魔法使いへと目をつけてしまったらしい。
「エグバートくんの様子、見てくる!」
「あ、私も……」
「アスマが来るから、一緒に学園」
必要最低限の言葉だけを残して、ユウは光精霊の集団を追いかけた。
すると、光精霊は鬼ごっこと勘違いしたらしく、ユウを弄ぶように庭中を駆け巡り始める。
「ごほっ、ユウ! 俺、休んでんだけど」
エグバートさんの声は見えなくても、遠くからエグバートさんの怒鳴り声が聞こえてきた。
「だから、今、おとなしくさせるために……」
「もう、俺、なんでこんなに精霊に嫌われてるんだろ……」
「アッシュ家の次期当主が、そういうこと言わない!」
体調の優れないエグバートさんを休ませたい気持ちはある。
でも、ユウと光精霊、そしてエグバートさんとのやりとりに思わず口角を上げたい気持ちに駆られた。
(エグバートさん、精霊に嫌われているわけじゃない)
エグバートさんと初めて会ったとき、彼は光精霊に懐かれていないと言っていた。
でも、まるで歓声を上げるように逃げ回る光精霊を見て、彼らなりにエグバートさんを元気づけたいという感情が伝わってくる。
太陽の色に染まりゆく庭の風景に、心が惹かれるのを感じたときのことだった。
「お待たせ……」
朝の冷たい空気を纏って、アスマさんが顔を見せた。
「おはようございます、アスマさん」
「魔女様、よく眠れた……?」
「お気遣いありがとうございます」
警戒心を悟られないように上手く世間話を進められたらいいものの、ほぼほぼ幽閉されていたような立場の私に話術なんてものがあるはずもない。
「でも、やっぱり魔女様には黒い色が似合う……」
「学園の制服が、黒を基調としていたら良かったのですが」
「アッシュ家が総力を上げれば、制服を変えられるかも……」
「そこまでの特別は遠慮したいです……」
「ふっ、冗談」
ノクティス・アカデミアでは、連続殺人事件が続いている。
事件を解決できないシャロ家の魔女と森契の盟に、罵声を浴びさせる人も陰ではいるはず。
それなのに、蒼が覆い尽くす空からは太陽の恵みが降り注ぐ。
「アスマさん、綺麗に笑えてました」
「……魔女様と喋ってるから」
「私も、もう少し愛想良くなりたいのですが」
あまりにも美しすぎる世界が視界に映り込んで、世界は平和そのものだと錯覚しそうになる。
「これから先……魔女様だけ特別待遇って、やっかみもあるかもしれないけど」
アスマさんと時間を過ごしていると、空を精霊の幻精霊が飛び立つ瞬間に立ち合えることがある。今日も青い空に、幻精霊の真っ白な羽が映り込む。
「森契の盟は、全力で魔女様を守る」
アスマさんからの告白に、心が熱くなるのを感じる。
精霊の贄として生きてきた私は冷たい感情ばかりをぶつけられてきたけれど、アッシュ家に来てからは贄にも温かい気持ちを与えてくれる。
「何よりエグバートくんの妹設定だから、誰も手出しできないと思うけど……」
アスマさんと言葉を交わしながら、自分が住んでいたシャロ家のことを思い出す。
シャロ家に子どもが生まれてくることは未来の希望であるはずなのに、シャロ家に広がったのは笑みでも幸福でもなかった。
双子が産まれてきただけで、シャロ家は一気に絶望へと陥った。
「どこも、権力ある家系があると大変ですね」
「うん……大変でもあり……ありがたくもある……」
アカデミアに向かう際、木々の葉が風に揺れた。
世界は多くの生命で満ち溢れているのに、魔物はその命を奪うために存在する。
(シャロ家に力があるからこそ、私は森契の盟から守ってもらえる)
まるで物語の世界のような出来事が起きていることに胸を傷めながら、私は人間に力を貸してくれている精霊たちに想いを馳せる。
「ステラ様ですね」
アスマさんの後ろから、四十代くらいの女性が姿を見せた。
黒の長い髪を一つに結い上げた女性は、深い紫色を基調としているローブを召していた。




