第7話「家族は、面倒な存在」
「私は……家族と上手くやれなかった人間です」
人は、それぞれ事情を抱えながら生きている。
そう簡単に、自分が抱えている事情を他人に打ち明けることはない。
「いざシャロ家が滅びたとき、私も他人事のようにお話してしまうかもしれません」
それを理解していながらも、私の口は饒舌に動いてしまう。
「でも、無理に口角を上げるのだけは違うのかなと」
そっと背伸びをして、一瞬だけ彼の口角に触れる。
ほんの一瞬の出来事でしかなかったけれど、彼が目を丸くした様子に申し訳なさを感じてしまって、私は目を伏せた。
「ご家族を忘れるまで、どうか無理をなさらないでください」
ゆっくりと、ゆっくりと、瞼を上げる。
「そこにあるのが、愛でも、憎悪でも」
開けた視界で、眩しい太陽の光が世界を覆っていることを思い出す。
「シャロ家のご当主にお会いしたことはありませんが……」
「私のおばあちゃん、ですか……?」
「ええ」
確かに家族の話をしていたけれど、ここで祖母の話に触れられるとは思ってもみなかった。
「ステラさんのおばあ様も、必死に考えていると思います」
ラピスレン国を取り仕切るのは、精霊から最も寵愛を受けているシャロ家の人間。
シャロ家に任せていれば、平和で穏やかな毎日を送ることができる。
シャロ家に興味を持たなくても生きていけるはずなのに、フェリーさんは深く思いやる言葉を送ってくれた。
「どうすれば、精霊との縁を繋ぎとめることができるか」
精霊の音精霊は、私たちの言葉を理解した。
二体の音精霊は壁の落書きを綺麗にするための手を止め、不安そうな表情で私たちを見上げてくる。
「そして、孫のステラさんのことを」
フェリーさんは二体の音精霊の頭を優しく撫でると、音精霊は安心という感情を取り戻したらしい。
「おばあちゃんは……私のことなんて……」
「十六まで生かしたことの意味は、必ずあるのかなと」
二体で顔を見合わせて、再び壁の落書きを消すために清潔感溢れる泡を発生させた。
真白色の汚れなき泡は、フェリーさんの心を守るために壁に書かれた文字を覆っていく。
「家族というのは……血が繋がっているはずなのに、面倒な存在ですよね」
この言葉を発するときだけは、無理矢理な笑顔はフェリーさんに存在しなかった。
もう大丈夫だと彼を信じることができたからこそ、私は気合いを入れ直してフェリーさんの方を振り向いた。
「早く事件を解決させて、森契の盟の手柄をあげましょう」
「僕も、その案に乗っからせてください」
後ろを振り返れば、屋敷を守るように色鮮やかな花たちが咲き誇る庭園が待っている。
花々が美しく咲く季節だからこそ、お屋敷の壁にぶちまけられた言葉の数々は余計に異彩を放っているように感じてしまう。
「……ステラさんに手伝わせてしまって、申し訳ございません」
言葉にするのも躊躇われるほどの落書きの数々を見ながら、フェリーさんがぽつりと謝罪の言葉を溢れさせた。
「アカデミアの生徒が四人も亡くなっているのに、僕たちは未だ事件を解決できないので……」
私はフェリーさんに視線を向けたのに、フェリーさんの視線は壁に向いたまま。
私たちの視線は、決して交わることがない。
「魔法使いのくせに、僕は何をやっているんでしょうね」
殺人犯を野放しにしていることに関しては、魔法使い全員に責任がある。
それなのにフェリーさんだけは、人々の怒りや、やり場のない気持ちをぶつけられている。
「ずっと……こんな風にフェリーさんだけが、人々の批判を浴びていたのですか」
「それが、モスが担ってきた役割です」
「序列……ですか」
「森契の盟における序列は、何よりも重んじるべきものですから」
淡々と事実を語るフェリーさんだけど、語られた現実は少しも優しくできていないことに胸が痛んだ。
「森契の盟はシャロ家同様、神様のように崇められる」
そんな胸の痛みに気づいたかのような時機を見計らって、フェリーさんは私に視線を向けた。
「でも、神様じゃないから、完璧じゃないから、悪意をぶつける対象が必要なんです」
「フェリーさん、それはいじめ……」
「森契の盟を崇め続けてもらうためには、ときどき生まれる悪意を解消しなければいけませんから」
いつだって、何が起きたって、フェリーさんの声はずっと優しいままなのかもしれない。
人々はフェリーさんの優しさにつけ込んで、積もり積もった感情を吐き出してきたという残酷な事実を受け入れる。
「僕は、何も感じていません」
「嘘です」
「いちいち心を動かしていたら、僕はモスの役割を担えませんから」
唇をぎゅっと結んで、平生を装うとするフェリーさんを咎める言葉を探した。
でも、フェリーさんが自分の役割を全うしようと決意しているからこそ、伝えたい言葉がさ迷ってしまう。
「フェリーさん、どうかご自分の痛みに敏感であって……っ!」
音精霊が発生させた泡が太陽の光を浴びて、虹色に輝きながら風に乗った瞬間に見惚れた。
それが、いけなかった。
「っ、音精霊!」
音精霊が頬を目がけて、泡を投げ飛ばしてきた。
もちろん私が約束を交わしている音精霊ではなく、フェリーさんに仕えている音精霊の仕業。




