第5話「雨」
「ステラと申します……よろしくお願いします」
かくれんぼを続けるのはいいけれど、声を発しないのはさすがに不自然だと悟った。
ひっそりとした声で挨拶を済ませると、髪を後頭部で一つにまとめた元気いっぱいの女子生徒はにこっとした笑みを向けてくれた。
おとなしそうな雰囲気の三つ編みの女子生徒は、私に一礼を返す。
「ねえ、私たちとも話させてよ」
「彼女に何かあったら、責任問題になる」
エグバートさんの妹に関しては、人前に出ないという情報しか与えられていない。
余計なことを口走らないようにするため、私はすべてのやりとりをユウにお願いするかたちとなってしまう。
「そりゃあ、アリドミアの人間は、み~んなアッシュ家が怖いけど……」
「同級生として、仲良くさせていただきたいなと……」
二人の会話を受けて、シャロ家の手が届かないところで、アッシュ家が大きな権力を誇ってきたことを確認する。
(ずっと森契の盟を守ってくれた……)
限られた情報の中から、私が知らない、知らされていない事実を拾い上げていく。
「アッシュ家のご令嬢ってことがわかってんなら、こっちの事情も理解して……」
ユウが口を開いたのを制止させるかのような時機に、窓の向こう側の景色が変化を見せた。
「ユウっ!」
「雨、だな」
太陽の恵みを感じられる時間が終わりを告げ、空から別の意味で恵みを与えるために雨が降り始める。
「ユウ、二人のことをお願いします」
「……わかった」
何かが起きたと悟った三つ編みの女子生徒は恐怖の感情に支配されたのか、ユウの制服の裾を掴んだ。
ユウは彼女の手を払うことができないと察し、私は初めて歩く校舎の中を一人で行く決意を固める。
(この学園には、魔法使いしか通ってないはずなのに……)
ノクティス・アカデミアは、魔法使いを育成するための教育機関。
でも、シャロ家と森契の盟は、ラピスレン国の治安を守るために尽力してきた。
(みんな、他人任せ)
シャロ家と森契の盟が魔法使いとして大きな力を持ったからこそ、ほかの家系の魔法使いの価値は暴落。
魔法使いを育成するための教育機関とは名ばかりで、魔法使いとして台頭したいと願う生徒は皆無というのは本当なのかもしれない。
(誰も、戦おうとしない)
多くの人たちが集まるアカデミアに不慣れなせいかもしれないけれど、さっきから心臓の震えを抑えることができない。
(シャロ家と森契の盟がいれば、戦う必要がないから)
学校という場所には触れたことのない感情が渦巻いているのを感じたけれど、精霊からの寵愛を受ける私が歩みを止めてはいけない。
「おいで」
雨は作物に恵みを与える役割も担うけれど、私たちが生きる世界では別の恵みを与える役割を担う。
雨は、精霊が生きていくために必要な栄養素。
雨を摂取したいという願いが積もったときに雨が降ると言われているけど、それは同時に魔物を招き寄せる可能性があるということ。
「久しぶり」
探索能力や道案内に優れた音精霊を呼び寄せると、音精霊は外を自由に歩き回れることを喜ぶように廊下を駆け回った。
(何も起きていないなら、それで……)
次第に学園へと登校する生徒の数が増えた校舎は賑わいを見せていて、まるで誰かが亡くなったことなんて誰も気に留めていないかのよう。
それは魔物に慣れているとも言えるかもしれないけれど、死が当たり前に接す世界の在り方を変えなければいけないと使命感のようなものも生まれる。
「魔物の気配を感じたら、教えて」
私に連れ添う音精霊は、動物の狐のような不思議な容姿をしている。
闇夜でも見失うことのない金色の毛並みを強さの証として誇るように、一緒に校舎を見回ってくれる。けど、これといった反応は返してくれない。
(精霊のお腹が空いただけ……?)
窓の向こう側に広がる、雨に濡れた木々が立ち並んでいる光景を見つめる。
葉から一滴の雫が落ち、そこまで強い雨ではないことが分かる。
(ユウと合流……)
雨の様子に気を取られながら、とある教室の前を通りかかったときのことだった。
誰かに腕を引かれ、私は教室の中へと招かれた。
「駄目ですよ、魔女様が単独行動なんて」
でも、音精霊は、私を招いた誰かに攻撃的な態度を仕掛けることはなかった。
「アッシュ家の令嬢を演じるからといって、油断しないでください」
招かれた部屋は空き教室らしくて、雨が降っているにもかかわらず明かりが部屋を照らすことはなかった。
真っ暗な暗闇の中では、音精霊の金色の毛並みくらいしか確認できない。
精霊が傍にいることに安堵感を抱きながらも、招かれた部屋に警戒心を持ち続ける。
「誰もが、シャロ家の血が欲しくて欲しくて堪らないんですよ」
この教室には優しい声質のフェリーさんしか存在しないこともあって、より鮮明に彼の声を聞き取ることができた。
でも、こんなにも弱い声を発してしまう理由を私は知らない。
(知らないからこそ、近づきたい)
でも、そんな感情すら悟られてしまったのかもしれない。
「みんな、精霊に愛されたい」
私と約束を交わしている光精霊は勝手に飛び出し、私の肩へと舞い降りた。
「魔物にすら、ね」
光精霊が世界を照らす覚悟を決めたおかげで、私はようやくフェリーさんの顔を真正面から見つめることができた。
光精霊から発せられる柔らかい明かりが、彼のことを優しく照らす。




