第4話「上がらない口角」
「精霊と縁を切るには力が足りなくて、不安になるかもしれないけど……」
アスマさんは私と似ていて、ほとんど笑みを浮かべることがない。
「俺……魔女様を守る……から」
だからこそ、不意に笑顔を向けられたときの美しさに戸惑ってしまった。
「エグバートくんと、ユウの戦力は、俺が補う」
言葉を詰まらせてしまった私は、その場に足を止めてしまいそうになった。
けれど、私を先導してくれていたユウの足が先に止まった。
ユウが先へ進むことのない様子を心配し、私とアスマさんは一緒に離れてしまったユウとの距離を縮める。
「シルニア! シルニアっ、どうして……どうして、こんなことに……」
やっと学園の敷地が見え、生徒たちの賑やかな声が待っているものとばかり思い込んでいた自分が浅はかことに気づかされる。
「フェリー様、やはりこれは魔物が関係して……」
「ここからは、森契の盟が総力を挙げて捜査協力をさせていただきます」
心臓が、激しく動き始める。
「こんなとき、シャロ家の魔女様がいてくれたら……」
「それは、口にしないでいただけると助かります」
「あ……申し訳ございませんでした」
血の色で染まられた校庭には警察が駆けつけていて、警察の応対をしているのがフェリー・モスさんだった。
私たちがいる位置からは見えないけれど、その近くにご遺体があることは容易に想像できる。
ご家族の悲痛な声が大きく響き渡り、ご家族はその場へと泣き崩れた。
「もっと早く精霊と縁を切っていたら、犠牲者が出ることもなかった……」
「ユウ、それは……」
「わかってる。精霊と繋がりを持たないと、事件が解決しないことも」
拳に力を込め、悔しさを滲ませるユウ。
私も唇を噛み締めながら、亡くなった命があることを悔やんでいると、学園へと向かう生徒たちの視線がご遺体に向いていないことに気づいた。
「魔物たちに慣れてる……ただ、それだけのこと」
アスマさんがぽつりと言葉を溢れさせ、私の疑問を解決してくれた。
誰かが亡くなったのは誰の目から見ても明らかなのに、学園に通う生徒たちは魔物による殺人事件が起きたことを気にも留めない。
いつ、誰が死んでも可笑しくない世界を私たちは生きているのに、周囲を行き交う生徒たちは今日の授業がどうこうと言葉を交わしていく。
「魔女様は……慣れたい?」
アスマさんは、ひとつの疑問を残してフェリーさんの元へと駆けつけた。
一方で、ユウの足は動かなかった。
爪が食い込むほどに力の入ったユウの拳から、彼の痛みが伝わってくる。
「この事件を、解決すればいいんですね」
「……さすがは魔女様」
凄惨な事件がなかったことのように振る舞うユウの傍に寄り添い、手から力を抜くようにそっと彼の手に触れた。
「……っ、ごめん、ほんと……ごめ……」
「事件を解決するために、私たちは存在します」
ユウが抱えている事情も知らずに言葉をかけるのは失礼だと思い、私はただユウの震える左手と手を繋いだ。
「ない力は、誰かが補いましょう」
大勢の生徒が校庭から校舎に向かって、誰も人が亡くなったことを意識していないのは一目瞭然。
それでも、誰かがユウの震えに気づくことがありませんようにと繋ぐ手に祈りを込めた。
「そのための、シャロ家の魔女と森契の盟ですから」
こういうとき、潔い笑みを浮かべられたら少しは格好がつくのに。
たいして上がってもいない口角を残念に思うけど、その分、発した言葉に気持ちを込めた。
「魔物は、精霊がなんらかの変化を起こして……人間を襲うようになった姿」
何も言葉を紡ぐ必要はないのに、ユウは私に外の情報を与えようと口を動かしてくれる。
「魔法使いの命令にも従わなくなって、殺すしか手段はない」
繋ぐ手に、さらに力を込められる。
ユウが、手を握り返してくれたことに気づく。
「ユウも、頼ってください」
「何を……」
「私のことを、です」
意外な言葉が向けられると、ユウは目を丸くしてしまうようだった。
そこで現実に立ち返ってしまったのか、深く繋ぎ合っていた手に距離が生まれる。
「俺には、もったない言葉」
思い切り視線を逸らされてしまったけれど、いつものユウが戻ってきたような気がした。
「俺は、ステラに認識してもらえただけで……」
顔を隠してしまったユウの視線と、私の視線が交じり合うことはない。
再び手を繋ぎ合うこともないけれど、それでいい。それがいいと思えた。
「ユーっ」
「おはよう、ユウくん……」
二人きりだった環境に、変化が訪れる。
校舎に向かう途中だった二人の女子生徒が、ユウに声をかけてきた。
「ステラ、俺の後ろに」
新しい環境に飛び込む勇気を振り絞ろうとすると、ユウは小さな声で私に指示を出した。
ユウの知り合いから私を隠すような命令が下され、外の事情に疎い私おとなしく従った。
「ちょっと、ユウ! 私たちを、感染病みたいに扱うな」
「アッシュ家のご令嬢様……ですよね」
二人の女子生徒に顔を覗き込まれそうになるけれど、ユウはなるべく私の姿を二人の前に晒さないように気を遣ってくれる。
そうなってしまうのにも理由があって、私はエグバートさんの妹という設定を演じることになっている。
「エグバート様に、妹がいたなんてねー」
「私たちと同い年だったんですね」
シャロ家の血を引く人間が、アッシュ家に身を寄せていると知られたら大事になる。
そこで私は、人前に出ることのないエグバートさんの妹を演じるという役割を与えられた。




