正論(144)フロア11オールグリーン
セイロンガー邸に向かう3人は、エレベーターに乗った。
「エミリー、フロア11チェックだ」
『……フロア11、オールグリーン』
統合AIエミリーが11階フロアの安全を確認して報告した。
「あん? それ毎回やるんか? 俺たちも」
「いや、やらなくても危険があればエミリーが警告してくれる。今回はあの騒動以来だから一応な。今のようにエレベーターの中でも『エミリー』と声をかければ反応してくれる」
ここホークパレスには要所要所の天井にスピーカーがある。館内放送用に見えるが、実は呼びかければエミリーと会話が出来る集音マイクも兼ねている。
「エレベーターにそんな機能があったんですね。知りませんでした……」
館内での自分の行動がエミリーに見られていたかと思うと、恥ずかしい。集合ポストのゴミを仕分けるセイロンガーと会話する為に、毎朝タイミングを見計らっていたのももちろん、エミリーは見ている。
「居住者の皆さんにはエミリーの名前は伝えていません。ただし、地震などでエレベーターが停止した際には彼女からスピーカーを通してオペレーションがあります。あ、もちろん各部屋のプライバシーまで監視対象になっていませんよ」
(部屋の中までエミリーに監視されてたら、あたしゃ死ぬわい)
セイロンガーが11階のボタンを押して説明する。
「11階のボタンは基本、我々とシャドウズ以外が押しても点灯しません。ですから、許可のない者が立ち入る危険はありません」
「てんやもんはどうすりゃいいんだ? 俺はよく町の中華屋で五目あんかけ焼きそばと炒飯を注文するんだが?」
鬼島はどうでもいい情報を付け加えた。
「出前や宅配は当面の間、シャドウズが受け取ってくれることになっている。何から何まで申し訳ないが……。鬼島もその都度、ちゃんとお礼を言ってくれよ?」
「子供じゃねぇんだ。そのくらい、わきまえてらぁ」
「ふん、本当かしら?」
エレベーターが11階に到着する。フロアに出ると他の階と違い、外とは壁で隔てられている。だが、茶褐色の樹脂木の壁に、暖かい色調の間接照明によって閉塞感はない。
「なんだか、南国リゾートホテルの廊下みたいで素敵ですね」
(いやん、玉の輿に乗るってこんな感じなのかしら? 私はとうとう上りつめたわ。5階1DKの女から、最上階ペントハウスの女へ!)
セイロンガーは謙遜混じりで言う。
「ありがとうございます。このフロアは私の自宅しかないので、そのあたりは割と自由に作っています。あまり来客もないので、植物も置かず殺風景ですが」
セイロンガーが玄関の前に立つと、エミリーが開錠した。鬼島がそれを見て、
「なんちゃら認証とかないんだな」
「元はあったが、この姿になってから指紋も顔認証も意味をなさなくなったんだ」
セイロンガーは、脱げないヒーロースーツになってから、指に指紋はなくなり、お面と変わらない顔は、偽造しようと思えばできてしまう。その為、エミリーによる総合認証に変更し、蓄積された姿形、音声、そして行動データから本人認証を行っているのだ。
「ふ〜ん、苦労してんだな」
「お前も一緒だぞ」
発言する度に何かしら突っ込まれる鬼島であった。
3人はドアを開け、広いエントランスホールに入った。両側に、天井まである大きなシューズボックス。さらに、姿見と靴のメンテナンス類が入ったボックスベンチがある。鬼島が図々しくシューズボックスを開けると、革靴特有の香りと共に、大量の革靴が綺麗に収められていた。すべての靴に、型崩れを防ぐシューキーパーが入れてある。
「セイロン、お前。個人でこれだけの靴を持ってるのはイメルダ夫人以来だぞ?」
故マルコス大統領夫人、数千足の靴を所持していた。80年代のエピソードである。
「ふっ、さすがにそこまで多くはないし、ヒーロースーツではサイズが合わないものがほとんどだ。……さて、雪菜さんのシューズボックスは別に用意しましょう。鬼島は靴を持ってないから要らないな?」
「ちっ。確かに無いけどよぉ」
鬼島の荷物は腰につけた黒いナイロンのウエストポーチだけである。




