正論(141)シェアハウス計画
五百旗頭邸のダイニングルームは重い空気に包まれていた。
その空気を破るようにマリンが口を開く。
「あの〜……こんな空気の中、黙々とカツ丼食べている壽翁社長に質問なんですけど」
「えっ!? ごほっごほっげふっ! ん〜んん! ん〜んん! ご飯粒が……気管に……んん! んん!」
突然話を振られた壽翁は「えっ」と言った瞬間に無防備に開いた喉の気管にご飯粒を吸い込んでしまった。
鬼島が壽翁の背中を叩いてやりながら、
「わかるぜ、五百旗頭よ。歳を重ねると食い物が気管に入る頻度が跳ね上がる。そして、なかなか取れない。そして誤嚥性肺炎で死に至る……」
「ちょっとオウガ君、縁起でもないこと言わないでくれ。ヒーローが大一番を前に誤嚥で死んだら洒落にならない……んん! ん〜んん!」
壽翁は咳き込んで涙目だ。
見ていた真佐江が、がっかりした様子で言った。
「嫌だわぁ壽翁さん、おじいちゃんみたい……昔は誤嚥してもフンッの一声で取ってたのに。気管まわりの筋肉が落ちているのね? トレーニングが足らないんじゃないかしら」
壽翁は喉を指差し、咳き込んでしわがれた声で言った。
「真佐江ちゃん、ここの中は鍛えられないの!」
あははははは……あ〜あ。
乾いた笑いが食卓を包んだ。
「えっと、初老ならではの話題で盛り上がっているところ恐縮なんですけど、壽翁社長」
「初老……すまんね、マリン。どうせ、私も改造手術を受けたいとか言い出すのだろう?」
「はい! お願いします、私も改造してそのウルフショーグン討伐戦に参加させてください!」
真佐江の師を殺した相手なら、孫弟子と言ってもいい自分にとっても仇だと義憤にかられたマリンであった。
「マリン。こればかりは、はいそうですかと言うわけにいかんのだ。身体にメスを入れる以上、親御さんの許可が必要だ」
マリンは下を向いた。IHAに入る時、ヒーローは改造手術がないから許可が出たのだ。改造手術を受けたいと言ったら、きっとお嫁に行けなくなると反対されるに決まっている。……そうだ、委任状を偽造しよう。マリンは、トップヒーローらしからぬことを考えた。
「マリン、偽の委任状を持ってきても無駄だぞ? 私はご両親と話すからね」
下を向き、パッと決意したマリンの表情はわかりやすく、すぐに壽翁にバレた。
「むむぅ……わかりました。必ず両親の許可を取ってきます!」
セイロンガーは真佐江と同じ理由でマリンを止めたかったが、諦めた。彼女もやはりヒーローだ。女性だからと言う理由で止めるのは、彼女の覚悟に対して失礼になるだろうと考えた。ここには戦うことに怖気付く人物はいないのだ。
「壽翁さん、明日出発前にマンションの清掃をしていきたいのですが、構わないですか?」
「あぁ、それなんだが……今後はシャドウズを数名増員してホークパレスの警備もしようと考えている。ついては清掃業務もシャドウズが担当しよう。どうかね?」
「それでは、あまりに負担が大きいのではないですか?」
「シャドウズの活動は育成も兼ねてるから問題ないのだが、もう一つ……君の大きなペントハウスに2部屋ほど空きはないかねぇ」
その相談とは、なんと鬼島と水沢雪菜をセイロンガー邸に住まわせて欲しいというものであった。五百旗頭邸では気を使うだろうし、シャドウズの宿舎では申し訳ない。だからと言って単身暮らしは、警備の都合上問題があると言う。
「いや、それは雪菜さんも嫌でしょうし……」
「私は大丈夫です。引越しもエレベーターですぐにできます!」
雪菜は乗り気だ。少し麻里に申し訳ない気もするが、チャンスは掴む女である。
(ごめんね、マリリン。私は次のステップへ進むわ)
続いて鬼島も、
「俺も構わんぜ」
セイロンガーが色めき立つ。
「お前の場合は、俺が構うのだ! 煙草は吸わせんぞ? 鼻歌も歌わせん! いいのか!?」
「ふん、ヤニはあのデカいベランダで吸ってやるから安心しろ。これはアレか? 今流行りの……タコ部屋」
「シェアハウスよ」
呑気な2人のやり取りに、セイロンガーは頭を抱えた。
「ふふふ、善き哉……んん!」




