正論(136)湯船に浸かる赤と黒
真佐江は冷蔵庫からパン粉まで付けてあるカツを取り出して言った。
「でも困ったわぁ、カツが3枚しかないのよ……」
「あぁ、私は大丈夫です。警察署で特上カツ丼を頂いてきましたから」
「ちょっと待てやセイロン、特上ってなんだ、聞いてねぇぞ?」
「いちいち突っかかるな鬼島。少し肉厚で柔らかかっただけだ。ほら、見てみろこのカツも上質で美味そうだぞ」
「確かに! 早く、早く食わせてくれぇ!」
「単純な奴だ、少し待っていろ。真佐江さん、先にカツを揚げていただいてよろしいですか? その間に割り下の準備をしますので」
雪菜が立ち上がる。
「あ、私が揚げます! 真佐江さんはゆっくりしていて下さい」
セイロンガーは麺つゆ、水、砂糖、みりんを大きなフライパンに目分量で入れ、味を調節し、中火にかける。
コンコンコンコン……
手慣れた包丁捌きで玉ねぎをスライスしていき、先ほど用意した割り下に投入する。
隣では雪菜がカツを揚げている。
その様子を見た真佐江はニヤニヤしながら言う。
「あら、なんだか意外にお似合いね……。やっぱり歳が近いからかしら、若夫婦みたいでいいわぁ」
「ちょっとぉ、真佐江さん、からかわないで下さいよ……」
雪菜が照れて赤面する。セイロンガーはボウルに卵を割り、黙々と溶いている。どう反応したらよいのか困っているようにも見える。
「けっ、歳が近いって、あいつはヒーローマスクだから歳わかんないだろ、奥さん」
「たたずまいでわかるのよ、鬼島さん。あなたは似たようなヒーロースーツだけど、ほら、わかるもの、おじさんだって」
真佐江は鬼島を眺めながら言った。
「偏見だろ、そりゃあ」
その時、廊下の方からマリンの声がする。
「ん〜いい匂い! お腹減ったぁ!」
風呂から上がったマリンは、白いTシャツにピンクの短パン姿で、濡れた髪をタオルで拭きながらリビングに入ってきた。
ヒーロースーツを脱いだ彼女は、とても日本有数のトップヒーローには見えない、普通の24歳の女性だ。
「お先にお風呂いただきましたぁ、オウガさんたちもどうぞ」
「お、おう……」
マリンの眩しいくらいの可愛らしさに得意の口説き文句も出ない鬼島。
「そうだな。鬼島、カツが揚がるまで少し時間があるから、先に風呂をいただこうか。すみませんが雪菜さん、玉ねぎがシナシナになるまで煮て、カツが揚がったらカットしておいて下さい。後は私がやりますので」
「はい、アナタ……じゃなかった管理人さん」
つい、冗談混じりで言ってしまう雪菜。赤面するならそんなこと言わなければいいのに、と真佐江は微笑ましく思った。
リビングから出たセイロンガーと鬼島。階段を降りるとシャドウズが待っていて大浴場に案内してくれた。
「すげぇな、本当に大浴場じゃねぇか。温泉宿かよ」
大浴場は10人程度なら同時に入れる大きさがある。裏庭に面した大きな窓を開けると手入れされた小さな庭園が望める作りとなっている。
汗を流した2人は、裏庭を眺めながら並んで湯船に浸かった。
ヒーロースーツを脱げない2人だが、湯に浸かれば疲れが癒えるしリフレッシュにもなる。
セイロンガーが湯に顔を浸し、両手で顔を覆って呟いた。
「あぁ、本当に長い、長い一日だった……」
東京郊外のトレセンから始まり、とんぼ返りして記者会見、そして戦闘、警察署を挟んでまた戦闘。さすがのセイロンガーも心身の疲労が隠しきれない。
それには答えず、歌い出す鬼島。
「明日の行方は 霧の中ぁ♪
追えばぁ逃げ出すぅ 幸せを〜♪
すくってぇこぼれるぅ 湯の花ぁよ〜♬」
「誰の歌だ?」
「知らん」




