正論(130)壽翁のヒーロー魂は燃えた
五百旗頭邸の前に赤い回転灯のみを回したパトカーが到着した。門を見下ろす松の木に、素早く黒い影が動き、監視の目が増える。五百旗頭邸を守るシャドウトゥルーパーズである。到着したのがパトカーであっても、彼らは厳しい目を向け、いつでも攻撃に移れるよに待機していた。
しかし、出てきたのはセイロンガー、ホワイトピーチ・マリン、ブラックオウガの3人だった。セイロンガーは松の木をさりげなく見上げ、黒い影に向かって軽く会釈した。よくは見えないが、わずかに届いた月明かりに照らされたその影も会釈を返したようだった。
セイロンガーがインターホンを押し、しばらくすると玄関が開き、真佐江の声が聞こえてきた。
「はい、はい、はい……うん、わかった。ありがとねぇ」
真佐江はシャドウトゥルーパーズから来訪者の報告を受けたようだ。
「山!」
真佐江がインターホン越しに言う。
「……川?」
セイロンガーが戸惑いながら答えた。
「一郎! 今、開けるわねぇ」
ガラガラと門が開き、エプロン姿の五百旗頭真佐江が出迎えた。すでにハニービーのヒーロースーツを脱いでいる。
「みんなお帰り〜。あ、マリンちゃんお疲れサマンサフォックス〜」
「きゃあ、真佐江さーーん、お疲れサマンサクララ〜」
マリンはサマンサに、『奥様は〜』の大好きなキャラであるクララおばさんを付けて答えた。完全に内輪のやり取りだ。ちなみに、クララおばさんとは、魔女サマンサの叔母で、とんでもないボケをかます、愛すべきキャラクターだ。
庭の灯籠が灯る中、玄関に向かう一行。
「真佐江さん。念のためですが、今の合言葉『山、川、一郎』とは?」
知らないうちに決まった合言葉かと、セイロンガーは聞いた。もちろん、真佐江の軽口である可能性が高いのは承知の上だ。
「小学生の時の同級生、山川一郎くんよ! なんちゃってぇ」
(誰だよっ。真面目に聞いちゃうセイロンガーさんもおもろい)
後ろを歩くマリンは吹き出すのを我慢して思った。この真佐江のぶっ飛び具合がたまらなく大好きなマリンである。
「……そうですか。壽翁さんは?」
セイロンガーは壽翁が在宅か尋ねた。VVEIの今後の動向含めて話しておかなければならないことが山ほどあるのだ。
「それが、例の怪人が爆破しちゃったじゃない? それがどこにも報道されないから怒ってどこかに電話した後、出掛けちゃったのよ。タンスの角に足の小指ぶつけても怒らない壽翁さんなのに、イヤだわぁ……」
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都内某所に戻る。
五百旗頭壽翁の前にいるのは、ヒーローを管轄する警察官僚の高官である。
「爆破事件に報道管制を敷くとは、どういうつもりだ!?」
銀縁のメガネを上げながら、制服姿の警察官僚が答える。壽翁と同年代くらいだろうか。
「あれは米国の要請です。怪人に爆破装置があると知られたら国民はパニックになります。五百旗頭社長、元はと言えば、大曲博士のスパイ行為が原因でしょう。あちらは大曲博士とセイロンガー、あとブラックオウガですか? その身柄を渡せば手荒なことはしないと言ってきています」
「こっちは乏しい研究予算で日本に入り込むバイオニックソルジャーに対抗しなければならんのだ。できることならスパイだってなんだってやるさ」
怪人は戦闘力の違いはあれど、全て改造を施されたバイオニックソルジャーだ。それに対してヒーロー側は米国『New Hero Order (NHO)』から供給されるヒーロースーツを、独自に改良した装着式である。これまでのところ、戦いの均衡はどちらにも傾いてはいない。だが、それは日本に有力な怪人が送り込まれていないだけのことである。戦闘力の高い怪人は海外の戦場に派遣されるのだ。
「では、身柄の引き渡しは」
あまりに政治的な話に人の命が天秤にかけられていることに、壽翁のヒーロー魂が燃え立つ。
「断固拒否する。手荒なこと? 上等だ、受けて立とう。VVEIを日本から追い出してやろう」
相手は苦笑いで両手を振る。
「いやいや、あの組織は米軍の出先機関みたいなものですから。事を荒立てずにいい感じで上手く立ち回ってくださいよ」
「何がいい感じだ。時の日本政府が増える組織犯罪の鎮圧と引き換えにVVEIを受け入れたのが全ての間違いなのだ!」
「VVEIが海外マフィアの流入や国内の犯罪組織を怪人を使って潰す。不良怪人の行き過ぎた暴力行為や秘密裏に横行する一般市民へのスカウト行為からあなた方ヒーローが守る。それで今の日本は上手く回っているんです。過去の政府の判断をここで断じても仕方のないことです」
「ふん、なら災害時に怪人が炊き出しもやったらどうだ?」
壽翁が過去の暴力団の活動を例にあげて言った。
「皮肉を言われる。まぁ、身柄の引き渡しに関してはこちらから上手く言っておきましょう。日本政府としても、バイオニックソルジャーに興味があるそうです。私は持て余すと思っていますがね。いずれにせよ、争うのは結構ですが、日本が戦場になるのだけは避けてくださいね」
「あっちにも同じことを言っておけ」
(先生、もう一度闘うぜ俺は。あなたの息子と共に!)
五百旗頭壽翁は心の内で、静かに誓った。




