正論(125)変異するウルフショーグン
パタゴニア、マゼラン海峡にある孤島。
暗闇から兵舎の裏口に向かい光る瞳が現れ、次に滲み出すようにウルフショーグンが姿を見せた。後ろには今回のターゲット、ロシア系軍事会社(PMC)『グリンカ』の軍服を着た3名の『フェンリル』隊員を連れている。
ウルフショーグンは夜目を光らせながら、まるで自分の庭を歩くように葉巻を吸いながら、ゆったりと進む。
やがて、裏口にいる歩哨2名がそれに気づいた。目を凝らして、こちらを見ている。ウルフショーグンはグリンカの制服を着ていない、まず疑ったのは歩哨の取るべき態度だろう。しかし、ここは正式な軍隊ではない。階級章や勲章で相手の地位を見定められるとは限らない。
迷っているうちにその人物は歩哨の前で止まった。僅かな沈黙の後、後ろの兵士から号令がかかる。
「Salute!(敬礼!)」
正規の軍隊経験のない傭兵はほぼ皆無といってよい。条件反射で歩哨の2人は即座に敬礼した。本来、号令の前に敬礼すべきだったかと、そんなことを考えているうちに、その人物と兵士3名は高級葉巻の煙と匂いを残しながら、目の前を通り過ぎていった。
プシュンッ
プシュンッ
ドタッドタッ
ウルフショーグンの後ろで歩哨が地面に崩れる。
「はぁ……」
ため息。
(俺たちに対してじゃないよな?)
付き従うフェンリル隊員が互いに目を合わせる。
「歩哨ならせめてなぁ、銃を構えんとなぁ……」
ウルフショーグンが呟いた。
そして、宿舎となっている大部屋の前で止まる。兵士の1人がドアに近づきノックし、号令する。
「Standby!(上官入室、準備!)」
部屋の中から、ドタバタと人が動く音が聞こえた。ロシア系PMC『グリンカ』で日常的に使用される号令は意外にもロシア式ではなく、米軍のそれに基づいている。元米軍兵の割合が増加していることが理由らしい。
ドアを開くとそこには約50名の兵士が直立していた。
「Attention!(上官に注目!)」
入り口近くのグリンカ兵が号令すると、ダンッと靴音を鳴らして気をつけの姿勢をとり、入室してきたウルフショーグンに向き直った。先ほどまでリラックスしていたのだろう、上半身裸やパンツ一丁の者もいる。ウルフショーグンはその様子を睨め回し、その中の1人、号令をかけた兵士のベルトを前に引っ張った。
「ついて来い」
ウルフショーグンはそう短く言って兵士を連れ出した。
「セルゲイの奴を訪ねてきたのに案内もない」
社長のセルゲイ・グリンカをセルゲイと呼ぶ相手を勝手に重要な来客だと勘違いした。
「それは、失礼いたしました!」
言いながら先導するグリンカ兵は横目で兵舎に突入するフェンリル隊員の一団を見た。
「あぁっ!」
グリンカ兵は叫んだが、すでに遅かった。
後ろからウルフショーグンに物凄い握力で首根を掴まれ、首の向きを正面に変えられた。そして、爪が徐々に首に食い込み始めるのを感じた。
「捻り潰されたくなければ案内しろ……」
ウルフショーグンは変異を始めていた。顔は白い体毛に覆われ始め、鼻と口が前に伸び、犬歯が伸びて牙に変わる。鋭く伸びた手の爪は赤く変色した。
人類初のバイオニックソルジャー、ホワイトウルフの怪人は「グルルル……」と低いが、腹に響くほどの唸り声を上げた。
「あ、あの案内しますから、こ、殺さないで下さい! か、家族が……いるんです!」
グリンカ兵はダメ元で命乞いをする。
「そうか」
そう言って首から手を離したウルフショーグン。
「俺も無駄な殺しは好かん……グルッ」
パシュパシュパシュ……
パシュパシュパシュ……
たった今出てきた大部屋から、突入したフェンリル隊員16名が発砲したサプレッサー付きの自動小銃の静かな銃撃音が響いてきた。人数で勝るグリンカ兵は直立したところを襲撃され、一網打尽にされた。
「こ、ここを曲がった先が社長の部屋です。警備兵が2人います……」
十字に分かれた通路、直進すると格納庫、左曲がった先がセルゲイ・グリンカのいる部屋らしい。
「そうか」
「あ、あの! VVEIに転職は可能……」
お役御免となった自らの運命を悟ったグリンカ兵は転職を願い出ようとしたが、後ろからウルフショーグンに首を握り潰されて、血を吹き出しながら膝から崩れ落ちた。
「グルッ……悪いな。今、求人はストップしている」
そう言ってウルフショーグンは部下に援護するよう手で合図し、社長室への通路を物凄いスピードで走り出した。




