正論(124)地下格闘技ファン
セイロンガーは蜘蛛男を見据えながらDIPスイッチのリセットボタンを押した。
ハンドガンの脅威は去った。次はパワーモードで敵を圧倒する番だ。ここまでに溜まりに溜まったイラつきをあの気色の悪い怪人にぶつけるのだ!
「……ん?」
リセットボタンによるブラックアウトから覚醒したセイロンガーは、先ほどまでのイラつきが嘘のように晴れやかな気分となっていた。頭のひとつもはたいてやりたいと思うほどだった鬼島に対する怒りも収まっている。
(なるほど、リセットボタンには感情をリフレッシュする効果もあるのか。これはいい……)
「鬼島、残るはそこの蜘蛛野郎だ。制圧するぞ」
「お、おう」
(こいつ、さっきまでちょっと不満そうじゃなかったか?)
蜘蛛男は偽セイロンガーと偽ブラックオウガが戦闘不能になったのを見て、マリンを締め付ける粘着糸を手のひらから切り離し、セイロンガーとオウガに向き直り立ち上がった。
マリンは絡みつく粘着糸と格闘しながら、セイロンガーが呼んだ『鬼島』という名前に思いを巡らせていた。
(鬼島……聞いたことあるんだよなぁ……オウガ、鬼島、人殺しのおじさん……)
股間を押さえ、痛みをこらえながら蜘蛛男はなんとか立ち上がり、両手を広げて粘着糸を射出するべくセイロンガーとブラックオウガを狙う。
その時、マリンが叫んだ。
「あぁっ、思い出したぁ! ブラックオウガさぁ〜ん!」
オウガの名前を叫びながらマリンはブチッブチッと粘着糸を無理やり引きちぎった!
賢明な読者なら次の展開はもうお分かりであろう。
マリンは後ろを向いた蜘蛛男の股間を狙って、思い切り蹴り上げた!
「Ohhhwowwwauwaaa!」
言葉にならない悲鳴を上げて蜘蛛男ががっくり膝をつき、護送車から地面に倒れ込んだ。
マリンは護送車から飛び降りてオウガの元に駆け寄った。
「あの、ブラックオウガさんって、伝説の地下格闘チャンピオン、オウガこと鬼島三郎さんですよね!?」
「お、おう? おぉ、まぁそうだが……」
約20年ぶりに若い女性から好意的に話しかけられた鬼島はらしくもなく動揺した。こんな若い子が自分の現役時代を知るわけがないのだ。
「私、前から漫画の『裏格闘技・スーパースター列伝』とか雑誌の『地下格闘技ファン』とか見て憧れてました! 裏DVDで出回ってるオウガさんの試合も観ました!」
マリンは目をキラキラさせながらまくしたてた。ブラジリアン柔術から始まり、本格的な実践格闘術バタリヤを学んだマリンは骨太のガチ格闘技ファンであった。
「へ、へぇ……す、凄いじゃん……」
刑務所にいる間に自分が漫画化されていることも雑誌で特集されていることも知らない鬼島。
「ふっ、鬼島、せっかくファンが現れたのに何だ、その反応は」
セイロンガーが鬼島を揶揄う。
「仕方ねぇだろ! 地下格闘技ファンなんて男しか見たことねぇんだからよ!」
その瞬間であった。
バラバラバラバラ……
ヘリのプロペラ音が聞こえた。
上空を見ると、真っ黒いヘリがこちらに近づいてきた。ヘリは攻撃するでもなく、低空でホバリングし、やがて去って行った。
「何しにきたんだ? あのヘリ……」
ミミミミミミ……
聞こえた奇妙な音の出所は3人の怪人のベルトについたボックスだ。デジタルの赤いセグが表示され、カウントダウンを行っている。
「まずい! 護送車へ!」
セイロンガーがオウガとマリンに指示した。
5……4……3……
乗り込んだマリンが車内の油圧レバーを捻る。
2……1……0
バ ッ ッ ガ ァ ァ ン ッ
物凄い爆発音と同時に油圧式ランプドアが叩きつけられるように閉まった。後輪のタイヤがパンクし車体が傾く。
「あいつら、爆破装置を付けられていたのか、本国のVVEIはやることがえげつないな……」
真っ暗な後部車内でセイロンガーが怒りとともに呟いた。
外には多数のパトカーと消防、救急車のサイレンが鳴り響き始めていた。




