お荷物が抜けた穴の大きさ
「おいトール! どういうことだ、また罠だぞ!?」
王都近郊のA級ダンジョン『黒鉄の迷宮』。
爆轟の魔導王――ゼノンは、煤まみれになった自慢のローブを払いながら、苛立ちを爆発させていた。
先ほどから、歩くたびに天井から槍が降り、床からは毒矢が飛び出してくる。
いつもなら、こんな浅い階層の罠など、すべて「事前に」解除されていたはずだった。
「うるさい、黙れゼノン! 【聖騎士の神眼】で罠は見えている! 見えているが……発動のタイミングが早すぎるんだ!」
勇者トールが、額に青筋を立てて怒鳴り返す。
リリアを失ったショックで一睡もしていないトールの目は血走り、かつての輝きは失われていた。
トールの固有スキル『神眼』は、確かに罠を見つけることはできる。
だが、見つけた罠を「安全に解体する」技術まではない。これまでは、トールが「あそこに罠がある」と指差した場所を、レンが音もなく、100%の精度で事前に解除していたのだ。
「チッ……! どいつもこいつも使えないな! リリアが死んで回復も追いつかないっていうのに!」
ゼノンは忌々しげに吐き捨てた。
彼は世界最高峰の魔術師を自称しているが、その実態は「前衛が敵を止め、アサシンが罠を外し、聖女が回復してくれる」という完璧な環境があって初めて輝く、ただの移動砲台にすぎない。
「そもそも、あの無能アサシンをクビにしたのが間違いだったんじゃないのか!? 攻撃スキルもない粗大ゴミだったが、パシリとしての雑用だけは完璧だっただろ!」
「今更そんなことを言うな! 追放にお前だって賛同していただろ!」
「当たり前だ! あんなステータスの低いゴミ、パーティの面汚しだからな! クソッ、雑用の分際で勝手にいなくなりやがって……! 次に見つけたら、俺の爆裂魔法で跡形もなく黒焦げにしてやる!」
ゼノンは杖を地面に叩きつけ、レンへの身勝手な逆恨みを口にする。
自分たちが今、どれほど綱渡りの戦闘を強いられているか、その根本的な原因が「レンの無効化スキルで敵の大技を消してもらえなくなったこと」だとは、この傲慢な魔導王は微塵も気づいていなかった。
ギギィ、と不気味な音が響く。
トールとゼノンが内輪揉めをしている隙に、迷宮の奥から巨大な鎧の魔物――アイアンゴーレムが姿を現した。本来ならアサシンが事前に気配を察知し、奇襲してハメ殺すはずの強敵だ。
「敵だ! ゼノン、得意の広範囲爆裂魔法で一撃で吹き飛ばせ!」
「フン、言われなくても! 有象無象の魔物ごと、塵に還してやる!」
ゼノンは邪悪な笑みを浮かべ、杖を掲げて膨大な魔力を練り上げ始めた。
レンを「黒焦げにする」と妄想し、悦に入りながら。
――その様子を、天井の太い梁の上から、闇に紛れて見下ろしている影があった。
(ずいぶんと威勢がいいな、ゼノン)
フードの奥で、レンの瞳が冷たく光る。
わざわざダンジョンまで尾行してきた甲斐があった。奴らの無様な自滅ぶりは、見ていて最高に不愉快で、最高に愉快だった。
(俺を黒焦げにする、か。……いいだろう。お前のその自慢の魔法、次の一撃が人生最後だ)
レンは懐の鋼鉄ナイフにそっと手をかける。
ターゲットは完全に定まった。
トールがゴーレムの突撃を剣で受け止め、ゼノンが呪文の詠唱を完了しようとしたその瞬間。
レンは音もなく、ゼノンの真後ろへと舞い降りた。
2人の距離が、一気に「3メートル」を切る。




