崩壊の序曲と新たな獲物
翌朝、王都は未曾有のパニックに包まれていた。
「――リリアァアアアアッ! 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だッ!!」
最高級ホテルの最上階。血の海と化したベッドの横で、勇者トールは狂ったように叫び、床を拳で叩きつけていた。
昨夜まで美しく微笑んでいた婚約者であり、パーティの象徴である聖女リリアが、変わり果てた姿で横たわっている。
「誰だ……誰がこんなことをッ! おい、早く【最上級蘇生】をかけろ! 何をしている、早くしろッ!!」
トールは同行していた神殿のベテラン神官たちの胸ぐらをつかみ、怒鳴り散らす。
だが、神官たちは真っ青な顔で首を振るばかりだった。
「む、無理です勇者様……! 傷口に……いえ、この部屋全体に、回復魔法や蘇生術の術式を『根本からかき消す』不気味な残滓が漂っています! 魔力が……神の奇跡が、霧のように消えてしまうのです!」
「そんなわけがあるかッ! リリアは神に愛された聖女だぞ!? 加護があるはずだろッ!」
トールは自らの【聖騎士の神眼】で部屋を見渡す。だが、そこにあるのは強大な魔法の痕跡ではない。ただ「鋭利な刃物で一突きされた」という、あまりにも生々しく地味な、ただの物理的な殺害の事実だけだった。
世界の希望とまで謳われた勇者パーティの、あまりにも呆気ない崩壊の始まり。トールのプライドと精神は、原因不明の恐怖によってガタガタと音を立てて崩れ始めていた。
◇
王都の喧騒から離れた、薄暗い安宿の一室。
レンは窓から遠くに見えるホテルの騒ぎを、冷ややかな目で見下ろしていた。
手元には、きれいに血を拭き取った鋼鉄のナイフがある。
(いい声で鳴いていたな、トール)
【絶対不可侵領域】の残滓は、しばらくその場に留まる。魔法に頼り切ったあの腑抜けた神官どもでは、数日はろくな魔法も使えないだろう。もちろん、蘇生など届くはずもない。
トールの他にも、俺を「攻撃スキルのない粗大ゴミ」と陰で罵り、リリアの追放劇を裏で煽っていた奴らがまだ残っている。
(リリアが死んで、トールは間違いなく狂乱している。だが、名誉を守る為に無茶なダンジョン攻略に挑むはずだ)
そこには、俺という『罠解除・索敵担当』がいない恐怖をまだ知らない、傲慢なアイツも同行しているだろう。
「まずはダンジョンで、お前たちの無様な自滅を拝むとしようか」
レンはナイフを懐に収め、黒いフードを深く被った。
勇者トールを完全に社会からも精神からも抹殺するための、第二の歯車が静かに回り始める。




