9.王道の『水族館デート』①
付き合って初めての週末。
浅間に誘われて俺は水族館へ行くことになった。
「水族館?」
「いいだろ?それとも何処か別の場所にする?」
「い、いや。水族館で、いいよ。」
そう答えたけれど、内心はバクバク。
だって水族館なんて、テンプレまんまなデートじゃん。
いや、でもデートなんてひと言も言ってないし。
そう俺が思った瞬間、浅間は嬉しそうに笑う。
「やった。水族館デートだ。」
聞こえなかったフリをして、顔を伏せる。ジワジワと熱くなる頬に、何だろう。照れくさくて恥ずかしくて顔を上げられない。
最近はよくこういう事が起きる。
普通に会話していたのに、不意に触れた腕と腕にドキリとしたり。
何でもない事に笑い合ってたら突然真剣な目で見つめられたり。
その度に、何とも言えない気持ちが沸き上がってきて、言葉に詰まる。
浅間と一緒にいるのが嫌な訳でもない。
寧ろ、実は気が合う事に気付いた。
バカな事を話して同じように笑うのも楽しい。
でも、表向き、付き合っている『恋人同士』の俺たちは、フリでも風でもなく。俺たちだけの恋人距離感を測りかねている。
少なくとも、友達距離感からお願いしている俺にとっては、今のこの距離だって踏み込んでると思う。
「明日、晴れるといいな。」
「水族館なら雨でも関係ないじゃん。」
「移動が嫌じゃん。濡れるし。」
「傘も邪魔だしな。」
「同意。」
帰り道、のらりくらりと歩きながら話すのも慣れてきた。
俺と浅間の間に流れる空気も自然で何ら特別なものでもない。
そうそう。これだよ。
この距離感。
これが一番楽なんだって。
そんな風に考えるのに、徐々に近づく駅の改札に俺の心臓は鼓動を速め出す。
「今夜、寝れないかも。」
「はぁ?お前どんだけ水族館好きなの?」
そう軽口を返すと、
「植田と一緒だから楽しみなんだって。」
と更に軽口で返される。
いつもいつもそうやって俺が答えに窮する事ばっかり言うから今度はこっちからやり返してやる。
「俺も、浅間と一緒に水族館デート。楽しみだな。」
そう言って笑ってやったら、浅間の顔が赤く染まった。
えっ―――
分かっていてやり返したはずなのに、実際に目の前で起こった浅間の表情に俺も伝染して照れくさくなった。
「何か言えって。」
「言えないって。」
そんな風に言い合ってたら改札を潜り抜けていつもの階段下。
立ち止まって立ち話をする。
いつもなら。
今日は照れくささが持続していて、止まって話をすることもままならない。
「明日っ。遅れんなよっ。」
「あ、ちょっと植田っ。」
後ろで俺を呼ぶ浅間の声を無視して階段を駆け上がる。
きっと今日も俺を見てる―――。
ニヤニヤした口元を隠すようにマスクを出して電車に乗った。
窓から見える薄曇りの空に、柄にもなく(明日晴れますように…)なんて願いを掛けながら外を眺めた。
*
「うわっ、あれトド?でかくない?」
「めちゃくちゃデカい。何メートル?え、こいつ3メートル以上あるって。」
「迫力あるわ。」
俺たちの水族館デートは順調に進んでいた。
朝起きて外をみたら晴れていて、思わずガッツポーズを決めた事はナイショ。
待ち合わせよりも20分ぐらい早く着いて、まずったな、なんて思ってたら浅間に後ろから肩を叩かれた。
「植田っ。早いなっ。」
「お、おう。早く着いちゃって。」
楽しみだったのは俺の方か、なんて思って照れて言ったら、
「俺も早く着いちゃった。」
なんて浅間が言うから、顔を見合わせて笑った。
水族館までもスムーズに動いて、開館まで10分前。ベストタイミングじゃん?なんて言い合った。
開館前に並んでいるなんて俺たちぐらいか、と思ったら割と沢山の人が待っていた。
子どもを連れた家族連れ。数人の男女のグループに数組のカップル。俺たちってどこ所属?
チケットは事前に浅間がネットで買ってくれていたようで電子チケット楽、とか思う。
後でチケット代は返さないとな、と思っていると
「チケット代は返さないでいいよ。初デートの記念だし。」
とか言われて
「いやそれはダメ。デートだからって何でもお前が払うのとかも無しだから。」
と最初にきっちり言い含める。
「でも、デートだよ?」
「デートでもダメ。」
「何で?いっつも払ってるけど。」
悪びれない浅間の態度にカチンとくる。
何で俺とのデートで前の彼女の話とかするわけ?
俺ってそんな奴らと同じなわけ?
「絶対、払う!受け取らないなら俺、帰るから。」
むしゃくしゃしてそう言うと、浅間が慌てて頷いた。
「分かったよ。後でもらうから。ね、帰らないでよ。」
しゅん、とあからさまに肩を落として落ち込んでいる浅間にちょっとだけ怒りが治まる。
しょうがないなぁ、という気持ちにもなる。
「ん、それならいい……。」
ぱぁっと顔を輝かせて俺を見て笑った浅間の顔に胸がドキリとなった。
「さ、さぁ、早く行こうぜ。開いたみたいだし。」
浅間を促しながら、俺はこっそり深呼吸をする。
浅間の笑顔にドキドキしたり、あいつの元カノの話をされてイライラしたり。
自分の気持ちがイマイチ分からなくて不安に思える。
「植田ぁ、何から見る?」
館内マップを取り出して眺めている浅間の横に立った。
今は深く考えるのは止めよう。
今日は浅間と水族館をめいいっぱい楽しめばいいんだ。
そう気持ちを切り替えてマップを横から覗き込む。
「そうだなぁ。片っ端から見るのはどう?」
「りょーかい。」
頷いた浅間に俺もまた頷き返した。
「で、知ってる?トドってハーレム作るんだぜ。一夫多妻制。うらやまし。」
隣り合ってトドを見ながらそう話し掛ける。確かそんな知識、昔聞いたなって感じで軽く呟く。
「そうか?」
「そうじゃん。モテモテ人生。一度は経験してみたいだろ、男なら。」
「ふ~ん、植田もそう言う事考えるんだ。」
少し声を落とした浅間の声が上から聞こえる。
あ、こいつの方が背が高かったんだとこういう時に感じる。
「いや、普通だろ。ま、実際モテモテになったら違う悩みもあるだろうし?俺はフツメンで充分で、たった一人がいればいいし?」
俺の言葉に返事がなくて、思わず隣を見たら、何でかすごく優しい目で俺を見ている浅間と目が合った。
「うん……俺も1人がいればいいかな。」
ばっか。そんな事言うなよ。軽く返せなくて沈黙が落ちる。
「そ、そか……。」
2人に漂う微妙な空気を破ったのは後ろから聞こえてきた子供の甲高い声だった。
「あーっ、パパっ、凄いよ、おっきい~。早く、早く来てよっ。」
「分かった、分かった。そんなに走らなくてもトドはいなくならないって。」
子どもと父親の会話が聞こえてきて、俺たちの間にあった空気が霧散した。
「つ、次どうする?」
「あ、ああ。そうだな…腹減ったかも?」
お互い目を合わせずにいた。
何となく今の会話の話題は避けて、フードコートの方へ向かう。
「この水族館、海鮮丼が美味いって聞いた。」
「え、いいな。俺、海鮮丼にしようかな。」
たわいもない話をして歩きながら、隣の浅間を強く意識した。
俺はもしかして、この期間限定の彼氏さまにノックアウト寸前なのだろうか、と。
今さらながらその可能性に思い至って。
混乱しながら海鮮丼なんか一緒に選ぶ自分自身に更に混乱して。
結局なにを選んだか、後で思い返しても全く思い出せなかったその日の昼食だった。




