15.一生懸命の意味
久し振りに浅間と歩く帰り道。
浮かれているような、何か不穏な事が起こるような。
とにかくフワフワと気持ちが定まらない。
そんな感じ。
チラリと隣を見ると、浅間は特に表情を変えず歩いている。
俺だけか、緊張しているのは。
何て少し気持ちが斜めになって視線を外してみた。
「こっち。」
突然手を引かれて、俺は体勢を崩しながら浅間が促す方向へ向きを変えた。
バランスを崩して転ばなかったのはラッキー。
繋がれたまま手の温もりを知れたのもラッキー。
「どこに行くんだ?」
俺の手を離さず前を歩く浅間に問いかける。
普段の帰り道とは微妙に違う、2つぐらい外れた道だ。
今までこっちの道を通った事はなかった。
「おいっ。」
問いかけに応える様子がないかと思って、ちょっと強い調子で声を掛ける。
「もうちょっと。」
すると浅間からはひと言だけ返ってきて、聞こえてない訳じゃないと分かった。
ずっと繋がれた手がジンジンと熱くなる。
人通りは少なく、手を繋いで通りを急ぐ男子高校生に視線を向ける人は少なかったがいない訳じゃない。
ほんのり頬が熱を持つのを感じた。
暫く歩いて浅間が俺を連れて来たのは高台にある公園だった。
ここなら知ってる。
たまにふらりと来て眼下に広がる街並みを眺める事がある。
高台にあるだけあってほんのちょっと風の通りが良いように感じる場所だ。
「ふぅ、到着。」
「ひゃぁ、風冷たいな。」
真冬とまではいかないが、冬の始まりは確かに訪れている11月後半。
ぽつり、ぽつり、と人の姿は見えるが寒さからか長く滞在する姿は見えない。
おざなりに置かれたベンチに腰を下ろした。
「流石に寒い。」
そう言って笑うと、
「ちょっと待ってて。」
と言ってすぐ近くにあった自動販売機で飲み物を買ってくれた。
「ほら。」
そう言って手渡してくる所、イケメン過ぎないか?なんて思う。
「サンキュ。」
「ん。」
あったかいペットボトルで暖を取る。
飲むより先に手を温めた。
浅間はキャップを開けてひとくち飲み、ほっと息を吐いた。
太陽が沈む時間が近づいているのか、辺りは徐々に色を変えていくのが分かる。
俺も同じようにキャップを開けて喉を潤した。
あ、はちみつレモン。
甘酸っぱい温かい液体は喉の痛みも和らげてくれるみたいで。
コクリと飲み込むとほんのり胸も暖かくなったように思えた。
「これ久しぶりに飲んだわ。」
「美味いよな。」
そう言ってもうひとくち。うん、美味い。
「植田ってたまにここにいるだろ。」
突然、浅間に言われて驚いた。
ここで浅間に会った事なんてないから。たまに知り合いにあってもカップルが多くて視線を合わせないようにするのが当たり前だった。
「う、うん。よく知ってるな。」
「まぁ、見てたからね。」
見てた?見かけた事なかったけど。
「俺、ここで浅間に会った事、ないよな?」
「うん、無いと思うよ。視界には入らないようにしてたし。」
それが何を意味するのか、よく分からない。
「じゃ、じゃぁ、話かけてくれれば良かったのに。」
クラスメートじゃん、と言って口ごもる。
そんなに気安い関係じゃなかったな、と思い出す。
「そうだな、あの時は話し掛けるって思いつかなかったんだよな。」
どうして?と不思議に思った気持ちが表情に出ていたのか、浅間が笑って言った。
「クラスメートだけど、植田って俺のグループ避けてただろ?話し掛けられても困るかなって思ってさ。」
図星を言い当てられて顔を赤らめた。
君子危うきに近寄らず、なんて言って自分とは違う世界の人間認定していたって事、バレてる。
「じゃ、なんで打ち上げの時から俺に構うようになったんだよ。」
つい詰るように言ってしまった。
あれから俺たちの関係が変わったから。
浅間はジッと俺の顔を見て微かに笑った。
「なぁ、何で俺がキスされたの植田なのか当てられたか、知りたい?」
うっ、また知りたい事が増えてしまった。
俺の弱みをつくように、問題を小出しにされてるみたいだ。
浅間は俺からの返事を待たなかった。
「俺がここで植田を見た時。植田、口笛を吹いてたんだよな。それがめちゃめちゃ下手くそなの。」
「あっ、あれ聞いてたのかっ!?」
俺の黒歴史っ。まさか誰かに見られていたとは思わなかった。
「あ、あれはっ。た、たまたまって言うか……なんていうか……。」
そう、浅間の言う通り、俺はここで口笛を吹いていた。
それも鳥を呼びたくてとか、猫を誘いたくてとか、目的があった訳じゃなくて。
ただどうにも口笛というものが昔から苦手で誰にも知られない所で吹いてみようと思ってこの場所を選んだ。
植え込みの陰で柵に凭れてたし、誰も見てないと思ってた。
あれを見られたのか、と恥ずかしくなる。
「最初はさ、ヒューヒューって息の音でさ。何度やっても上手くいかなくて悔しそうにしてた。何やってんだ?って見てたら興味が沸いてさ、ずっと見てた。」
浅間は楽しそうに笑って言った。あの時の光景を思い出しているみたいだ。
「何日かしてここ通ったらまたお前がいたんだよね。またヒューヒューやってて、また悔しそうでさ。コツがあんだよって教えてやろうかと思った。」
教えてくれればよかったのに、なんて思って、いや、きっと逃げたな、と思った。
「その内日課みたいにここを通って植田の姿を捜すようになった。いれば嬉しくなったし、いないと何となく落ち込んだ。」
あの頃は結構毎日ここに通って口笛の練習をしていた。特に目的があった訳じゃないからきっと暇を持て余してたんだと思うけれど。
「やっと音が出るようになって、植田がすげー嬉しそうに笑っててさ。何かこっちも嬉しくなった。で、植田と話がしてみたいと思うようになった。」
それが動機。浅間はそう言って俺の質問に答えた。
「じゃ、じゃぁ、キスの犯人が俺って分かったのは?どうしてだよ。」
そう聞くと、浅間はふふんと不適に笑う。
「そんなの、植田の口笛を毎日聞いてて、お前の唇の形毎日見てたからに決まってんじゃん。学校でも植田の唇を目で追っちゃうし、俺ヤバイい奴の仲間入り寸前だったよ、ほんと。」
ボッと顔が熱を持つ。
瞬間湯沸かし器みたいにボッと火が付いた。
「おまっ、おまっ、何言って。」
「だって本当の事だし。あの唇がキスするみたいに窄まって、ひゅぅ~って音を鳴らすんだよなぁ、なんて思ったら夢にまで出てくるし。あの頃の俺、お前の唇に呪われてるのかと本気で思ったからね、マジで。」
そんなの俺知らないし。勝手に悪者にされても困る。
俺は悪くないだろうって思う。
「なんでこいつこんな事に一生懸命なんだろうって思ってたのに、特に意味もない事に一生懸命な植田を見てたら楽しくなってさ。その内植田を見てるだけで何だか嬉しくなってきたわけ。」
「え?」
実行委員が言ってた『一生懸命な俺』ってこの事だったのか?
「馬鹿にしてるわけじゃなくてさ。何だかその…ひたむきさ?がいいなぁって思ったんだよ。あと、植田のひゅぅ~って言う可愛い口笛にノックアウトしたって訳。」
「ノ、ノックアウト?」
あはは、鈍すぎ。
と笑われて、浅間は俺の肩に手を伸ばして引き寄せた。
座っていたから身体はグンッと傾いてポスンと浅間の腕の中に治まった。
「え?ええ?」
「好きだよ、植田。」
耳元で浅間の声がした。
意味を理解するよりも、抱きしめられてるこの状況にドキドキした。
「好き。本当、好き。」
何度も囁かれて、やっと脳が理解する。
俺、浅間に好きって言われてる。
浅間に抱きしめられてる。
「植田は?俺の事好き?」
元彼氏は逃げ場を与えてはくれず俺を囲い込む。
耳元でその質問はズルい。
「ん……うん。俺、も…‥浅間が好き……だと思う。」
それでも精一杯の抵抗は素直に好きと言わない事で。
ちょっとだけ悔しそうに俺を見た浅間は、それでも嬉しそうに笑ってくれた。
「その内ちゃんと言わせるけど。今日はこれで許してやる。」
浅間はそう言って俺の唇に軽くキスをした。
不意打ちに驚いてほんの少し開いた唇が浅間の口と合わさって一瞬だけ深く重なった。
すぐに離された唇に名残惜しさを感じたけれど、コツンと額と額を押し当てあって、向かい合い視線を合わせたら、幸せすぎて顔がにやける。
「今度はちゃんと(仮)じゃないから。」
「ん、わかった。」
2人でそう言い合って、自然とまた抱き合った。
俺たちのセカンドキスは、はちみつレモンのほのかな香りの優しいものだった。




