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ベルン戦記 〜辺境出身者の成り上がり物語〜  作者: 膝栗毛


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第十章 戦線の向こう側

引き継ぎお楽しみください

エリアスが将軍に全てを話したのは、その日の夕方だった。

アルスも同席した。

ゲオルグ将軍は、書き写した名前を見て、長い時間沈黙した。執務室の中が、重い空気で満たされた。窓の外では兵たちの夕食の声が遠く聞こえていたが、その部屋の中だけ、時間が止まったようだった。

「確かか」将軍はやがて言った。

「書き込みを読んだ限りでは、確かだと思います」アルスは答えた。「ただし、断片的な記述です。全体像を繋げるには、帝都の記録と照合する必要があります」

「その名前の人物が、聖王国と通じているとすれば」将軍は言葉を切った。「今の戦争の構図が、根本から変わる」

「はい」

「帝国が負けることを、内側から望む者がいる」

「二十五年前から、います」エリアスが静かに言った。「ガレンはそれを知った。そして潰された」

将軍は立ち上がり、窓の外を見た。

夕暮れの空が、遠い山の稜線を赤く染めていた。

「俺たちが前線で聖王国と戦っている間、後ろで誰かが帝国の足を引っ張っている」将軍は言った。「補給が滞るのも、無謀な命令書が来るのも、そういう構造があるからだ」

「グライム公爵は」アルスは言った。「その構造の一部ですか」

「わからない」エリアスが答えた。「公爵が知っていてやっているのか、知らずに利用されているのか。どちらの可能性もある」

「どちらにせよ」アルスは言った。「前線で勝つだけでは、戦争には勝てない」

「そういうことだ」将軍は窓から振り返った。「帝都を動かす必要がある。しかし帝都を動かすためには、証拠と、それを届けられる立場が必要だ」

三人は向き合った。

「お前を帝都に送ることを、考えていた」将軍はアルスに言った。

アルスは、少し驚いた。

「俺を、ですか」

「戦線の状況と、内部の話の両方を知っているのは、今この砦ではお前だけだ」将軍は言った。「それとも一つ、お前に聞く。帝都に行く前に、やらなければならないことがある」

「何ですか」

将軍は机の上の地図を開いた。

「敵将ヴァルター・シュミットが動いた」


地図の上に、赤い線が引かれていた。

聖王国軍の主力が、カルマ街道からランドール城塞へ向けて本格的に進軍を開始したという斥候報告が、昨日届いていた。

先鋒はヴァルター・シュミット将軍直属の精鋭部隊、一万二千。

帝国東部の要衝、ランドール城塞の守備兵力は三千に満たない。

「増援が間に合わない」エリアスは言った。「帝都から正規軍が動くには、最低でも十日かかる。ヴァルターが本気で動けば、ランドールは七日で落ちる」

「守備隊だけでは、守れません」アルスは地図を見た。

「そこだ」将軍は言った。「俺たちに、何ができるか」

アルスは地図を見つめた。

ランドールへの街道、地形、川の位置。守備兵力と攻撃兵力の差。時間の計算。

頭の中が動き始めた。

「一つだけ聞かせてください」アルスは言った。「ヴァルター・シュミット将軍は、どんな戦い方をしますか」

エリアスが答えた。「正攻法だ。兵力の優位を生かし、補給線を確保しながら確実に進む。奇策は好まないが、見破るのも早い。正々堂々と、しかし冷徹に、勝てる戦いだけをする」

「弱点は」

「ない、と言われている」エリアスは少し間を置いた。「強いて言えば、完璧すぎることだ。計算通りに動くから、想定外に弱いという意見もある。ただし、その想定外を作るのが至難の業だ」

アルスは、戦術書の記述を思い出した。

名将を相手にするとき、正面からぶつかれば必ず負ける。勝つためには、相手の戦場を変えなければならない。相手が得意な戦い方ができない状況を、作らなければならない。

「時間を稼ぐ作戦を考えます」アルスは言った。「ランドールを守るのではなく、ヴァルターの進軍を遅らせる。十日間、帝都の増援が来るまで」

「どうやって」将軍が聞いた。

「兵力差がある以上、正面では戦えません」アルスは言った。「街道を使わせない。補給線を細くする。完璧に計算する将軍に、計算を狂わせる要素を与え続ける」

「具体的には」

アルスは地図を指でなぞった。

「三つの作戦を同時に動かします」


アルスが説明した三つの作戦は、こういうものだった。

一つ目。カルマ街道の要所、三箇所で橋を落とす。ヴァルター軍の進軍速度を落とし、補給車の移動を妨げる。橋の破壊は小部隊で十分できる。

二つ目。街道沿いの集落に、空の補給倉庫と偽の野営跡を作る。ヴァルター軍の斥候に、帝国軍の主力がそこにいると誤認させる。実際には誰もいない。しかし確認のために時間を使わせる。

三つ目。ランドール城塞に残った守備兵を使い、夜ごと小規模な奇襲をかける。決して正面からは戦わない。ヴァルター軍の睡眠を削り、神経を消耗させる。

どれも、決定的な打撃ではない。

しかし三つを同時に動かせば、計算通りに進もうとする将軍の歯車が、少しずつ狂い始める。

「十日で、どこまで遅らせられるか」将軍が言った。

「計算では、五日の遅延が作れます」アルスは答えた。「運が良ければ、七日」

「五日では増援が間に合わない可能性がある」

「はい」アルスは言った。「だからもう一つ、別の手を使います」

「何だ」

「敵将に、直接会いに行きます」

エリアスが眉を上げた。「何のために」

「交渉ではありません」アルスは言った。「ヴァルター将軍に、この戦争の構造を伝えるためです」

沈黙があった。

「説明しろ」将軍が言った。

「ヴァルター将軍は、正々堂々と戦う人間だとエリアス先輩が言いました」アルスは続けた。「自分の戦争が、帝国内の裏切り者によって助けられているとしたら、それをどう思うか」

「……敵将が、裏切り者の存在を知らないとは限らない」エリアスが静かに言った。

「もし知っていて利用しているなら、交渉の余地はない」アルスは言った。「しかし知らずに戦っているなら、話は別かもしれない。少なくとも、揺さぶることができる」

「危険すぎる」エリアスは言った。「敵陣に単身乗り込むのか」

「一人ではありません」アルスは言った。「ロイに頼みます」

「二人でも危険だ」

「わかっています」アルスは言った。「しかし、時間を稼ぐ三つの作戦だけでは、不確かすぎます。もう一枚、違う種類の札が必要です」

将軍はしばらく黙っていた。

それから、エリアスを見た。

エリアスは少し目を伏せた。「……止める理由が、見つかりません」

将軍はアルスを見た。

「生きて帰れるか」

「全力で帰ります」

「それだけか」

「それだけです」アルスは答えた。「ただし、帰れなかった場合は、ガレン・ロースの書き込みを全てエリアス先輩に渡してあります。帝都への話は、先輩が続けてください」

エリアスは、何も言わなかった。

しかしその目が、少し赤くなった気がした。

将軍は、深く息を吸った。

「行け」


ロイに話したのは、その夜だった。

ロイは黙って聞いた。最後まで聞き終わってから、しばらく天幕の天井を見ていた。

「敵将に会いに行く」

「ああ」

「二人で」

「ああ」

「帰れないかもしれない」

「そうかもしれない」

ロイは天井から目を離し、アルスを見た。

「お前が行くなら俺も行く」ロイは言った。迷いが一切なかった。「それだけだ」

「理由は聞かないのか」

「聞いた。敵将を揺さぶる、だろ」

「もっと詳しく説明しようか」

「いらない」ロイは言った。「お前が正しいと思ってやることに、俺が余計な口を挟む必要はない。俺の仕事は、お前が考えている間、隣で槍を持っていることだ」

アルスは、ロイの顔を見た。

何年も前から変わらない、その顔を。

「ありがとう」アルスは言った。

ロイは少し照れたような顔をした。「気持ち悪いこと言うな」

「本当のことを言ったんだが」

「それが気持ち悪い」ロイは笑った。「行くのはいつだ」

「三日後。橋を落とす部隊が動いた後、混乱に紛れて」

「わかった」ロイは立ち上がり、槍を手に取った。「俺は明日から体を慣らしておく。お前は頭を休めろ。最近、寝てないだろ」

「少し寝ている」

「嘘つけ。目の下の色が、地図の墨と同じだ」

アルスは苦笑した。

ロイは天幕を出た。

一人になると、アルスは三冊目の本を開いた。

老司祭の書き込みを、もう一度確かめた。

人名の断片、日付、場所の名前。それらが指し示す一人の人物。

この名前を、ヴァルター・シュミットが知っているかどうか。

それが全ての鍵だった。


三日後、夜明け前。

橋を落とす部隊が街道に向けて出発するのを見届け、アルスとロイは砦の裏門を出た。

エリアスが見送りに来た。

何も言わなかった。ただ、アルスの肩に一度だけ手を置いた。

それで十分だった。


聖王国軍の野営地に近づくまで、二日かかった。

街道を避け、森の中を進んだ。ロイは先頭に立ち、斥候の動きを読んで迂回路を選んだ。体で覚えた勘というものが、この男にはあった。頭で考えるのではなく、身体が察知する。

「あそこだ」二日目の夕方、ロイが小声で言った。

木々の隙間から、野営地の篝火が見えた。広大だった。一万二千の兵が野営している規模だった。

「どうやって中に入る」ロイが聞いた。

「白旗を持って、正面から行く」

ロイは少しの間黙った。「正気か」

「一番安全な方法だ」アルスは言った。「奇妙な動きをする二人組を発見されるより、堂々と交渉を申し込む方が、撃たれにくい」

「撃たれにくい、というのが不安だ」

「撃たれないとは言っていない」

「それはもっと不安だ」

「行くぞ」

ロイは深呼吸をした。「わかった。死ぬなよ」

「お前もな」


白旗を掲げて野営地の外縁に近づくと、すぐに槍を持った歩哨に囲まれた。

アルスは帝国語と聖王国語の両方で言った。「ヴァルター・シュミット将軍に面会を求める。伝えるべき話がある」

歩哨たちは困惑した顔をしたが、二人を拘束して上官に連れて行った。

待つこと、一時間。

それから二時間。

ロイは黙って座っていた。内心はどうか知らないが、外見上は驚くほど落ち着いていた。

「怖くないのか」アルスは小声で聞いた。

「怖い」ロイは小声で答えた。「ただ、怖がっていても待ち時間は終わらないから、怖がるのをやめた」

「それができるのか」

「気合いだ」

「精神論か」

「お前みたいに頭で考えられないから、気合いでやる」

その会話をしていると、天幕の入口が開いた。

兵士が入ってきて、短く言った。「将軍が会うと言っている」


ヴァルター・シュミットは、思ったより静かな男だった。

三十八歳、中背で、体格は平凡だった。しかし目が違った。静かで、深く、全てを見透かすような目だった。

戦記の中で読んだ名将の目、とはこういうものかとアルスは思った。

天幕の中には将軍と副官一人だけがいた。

「帝国の伝令兵が、なぜここに来た」ヴァルターは言った。流暢な帝国語だった。

「話があります」アルスは言った。

「聞こう」

「この戦争について、将軍がご存知ないことがある可能性があります」

ヴァルターは、少し目を細めた。感情を読ませない目だった。

「続けろ」

アルスは、話した。

老司祭の書き込みのこと。二十五年前の裏切り者のこと。帝国内部に聖王国と通じる者がいること。その者の名前。

話している間、ヴァルターは一度も表情を変えなかった。

全部話し終えると、長い沈黙があった。

「なぜ、それを俺に話す」ヴァルターはやがて言った。

「将軍が正々堂々と戦う人間だと聞いたからです」アルスは言った。「裏切り者の助けを借りて勝つ戦争が、将軍の望む戦争かどうか、確かめたかった」

「帝国軍の人間が、敵将にそれを聞きに来たのか」

「はい」

「正気か」

「そうは思っていません」アルスは言った。「ただ、他に方法がなかった」

ヴァルターは、しばらくアルスを見ていた。

それから、初めて表情が動いた。

眉が、わずかに上がった。

驚き、ではなかった。何かを認めるような、微細な動きだった。

「その名前」ヴァルターは静かに言った。「知っている」

アルスは、息を呑んだ。

「知っていた上で」アルスは言った。「利用されていましたか」

「利用していた、と俺は思っていた」ヴァルターは言った。「しかし、どちらが利用しているか、今になってわからなくなってきた」

その言葉の重さを、アルスは受け止めた。

この将軍も、何かを掴んでいる。

「将軍」アルスは言った。「俺たちは敵同士です。この戦争がどう決着するか、俺にはわかりません。ただ、一つだけ言えることがあります」

「何だ」

「この戦争の後ろで糸を引いている者は、帝国も聖王国も道具として使っています。どちらが勝っても、その者が得をする構造になっている」

ヴァルターは、動かなかった。

「証拠は」

「持ってきました」アルスは布袋から、老司祭の書き込みを書き写した紙を取り出した。「確認してください」

ヴァルターは紙を受け取り、しばらく見ていた。

副官が何か言おうとしたが、将軍が手で制した。

「一晩待て」ヴァルターは言った。「明朝、返答する」

「わかりました」

「お前たちを、今夜ここに置く」将軍は言った。「逃げることも、害を与えることも、俺が許さない。ただし、丁重に扱う」

「ありがとうございます」

ヴァルターはアルスをもう一度見た。

「名前を聞いていなかった」

「アルス・ベルンです」

「階級は」

「伝令兵です」

将軍は、少しだけ目を細めた。

「伝令兵が、これをやるか」

アルスは答えなかった。

将軍は小さく、鼻から息を吐いた。それが将軍なりの、何かの表現だった。


その夜、アルスとロイは敵将の天幕の隣に置かれた小さな天幕で過ごした。

ロイは横になりながら言った。「生きてるな」

「生きてる」

「将軍、どんな男だった」

「本の中の名将と、似ていた」アルスは言った。「ただ、もっと複雑だった。本の中の人間より、ずっと複雑だった」

「どういう意味だ」

「本の中の名将は、戦うことだけを考えている。この将軍は、何か別のことも考えていた」

「何を」

「わからない」アルスは言った。「明日の返答で、少しわかるかもしれない」

ロイはしばらく黙っていた。

「なあ、アルス」

「何だ」

「俺たちは今、敵の野営地の中にいる」ロイは言った。「明日何が起きるかわからない。だから聞いておく」

「何を」

「お前は、最終的にどこまで行くつもりだ」

アルスは、天幕の天井を見た。

将軍の問いと同じ問いだった。

しかし今夜、少し答えが変わっていた。

「この戦争を、正しく終わらせたい」アルスは言った。「前線で勝つだけじゃなくて、後ろにいる糸を引いている者を止めて、正しく終わらせたい」

「それには、将軍以上の地位が必要じゃないか」

「そうかもしれない」

「そこまで行くつもりか」

「行けるかどうかわからない」アルスは言った。「でも、行かなければならないなら、行く」

ロイは少しの間黙った。

「わかった」ロイは言った。「じゃあ俺は、そこまでついて行く」

「お前の人生を巻き込みすぎだ」

「俺の人生は俺のものだ。俺が決める」ロイは言った。「それに、お前が将軍になったら、俺が最強の部下になれる。悪くない話だ」

アルスは、暗い天幕の中で笑った。

「最強の部下か」

「最強の盾だ」ロイは訂正した。「お前が考えている間、誰も近づけさせない」

篝火の光が、天幕の布を薄く照らしていた。

遠くで夜番の兵が歩き回る音が聞こえた。

その中で、アルスは静かに目を閉じた。

明日、ヴァルター・シュミットが何を言うか。

それによって、この戦争の見え方が変わる。

老司祭が二十五年間待ち続けた何かが、ここで動き始めようとしていた。


翌朝、ヴァルター・シュミットはアルスを呼んだ。

天幕の中に、昨夜と同じ二人だけがいた。

将軍は机の上に、アルスが渡した紙を置いていた。

「確認した」ヴァルターは言った。「お前が書き写したものと、俺が持っている別の記録が、一致した」

アルスは、静かに将軍を見た。

「将軍も、調べていたんですか」

「調べていた」将軍は言った。「この戦争を始める前から、何かがおかしいとは思っていた。俺の主君は正しい人間だ。しかし周囲の誰かが、この戦争を必要以上に拡大させようとしていた」

「それが」

「お前が持ってきた名前と、俺の記録が重なる」将軍は言った。「つまり、同じ者が両方の国を動かしている」

沈黙があった。

「俺に、何をしてほしいんだ」ヴァルターは言った。

アルスは、答えを用意していた。

しかしこの瞬間、答えを変えた。

用意していた言葉ではなく、本当のことを言おうと思った。

「俺には、将軍に何かをお願いできる立場がありません」アルスは言った。「俺はただの伝令兵で、将軍はこの戦争で最も恐るべき敵です。俺がここに来たのは、将軍がこの構造を知った上で、どう動くかを見届けたかっただけです」

「見届ける?」

「将軍が正々堂々と戦う人間なら、この話を聞いた後でどう動くか。それを知りたかった」アルスは言った。「答えが出たなら、俺は帰ります。そして俺のできることを続けます」

ヴァルターは、しばらくアルスを見ていた。

「お前は、俺が進軍を止めるとは思っていないのか」

「将軍には将軍の義務があります」アルスは言った。「俺の話を聞いたからといって、戦争を止められるとは思っていません」

「では、何のためにここに来た」

「将軍に、正しく戦ってほしかった」アルスは言った。「裏切り者に助けられる形ではなく、将軍自身の力で戦ってほしかった。それだけです」

長い沈黙があった。

外で風が吹き、天幕が揺れた。

ヴァルターは、机の上の紙をアルスに返した。

「帰れ」将軍は言った。「安全な経路を、副官に案内させる」

「ありがとうございます」

「一つだけ言っておく」ヴァルターは立ち上がった。「次に戦場で会ったとき、俺は手加減しない」

「もちろんです」アルスは言った。「俺も、考え続けます」

ヴァルターは、わずかに口の端を動かした。

将軍なりの、笑顔だったかもしれない。


野営地を出て、森の中に入ったとき、ロイが言った。

「どうだった」

「思った通りの人間だった」アルスは言った。「本の中の名将と、同じだった」

「それはいいことか、悪いことか」

「いいことだ」アルスは言った。「正しい人間が敵にいるなら、正しい方法で戦える」

「将軍は、何かしてくれるのか」

「わからない」アルスは言った。「でも、何かが変わったと思う」

ロイは少しの間、歩きながら考えていた。

「なあ、アルス。お前が今日、敵将に言ったことを、俺は外で聞いていた」

「聞こえたのか」

「天幕が薄いんだ」ロイは言った。「将軍に何かをお願いできる立場じゃない、って言ってたな」

「そう言った」

「本当にそう思っているのか」

アルスは少し考えた。

「今は、そうだ」アルスは言った。「でも、いつまでもそう言い続けるつもりはない」

「どういう意味だ」

「立場を、作る」アルスは言った。「ただの伝令兵ではいられない。老司祭が遺したものを正しく使うには、俺が正しい場所に立つ必要がある」

ロイは、横のアルスを見た。

「それが、将軍になるということか」

アルスは答えなかった。

しかし答えなかったことが、答えだった。

ロイは前を向いた。

「わかった」ロイは静かに言った。「ついて行く。どこまでも」

二人は森の中を歩き続けた。

木漏れ日が降り注ぎ、遠くで鳥が鳴いていた。

戦場に戻る道は、まだ長かった。

しかしアルスの足取りは、来るときより確かだった。

向かうべき場所が、少しだけ見えてきていた。

次回もお楽しみに

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