立派な母となるために
早々に教育が始まった。旦那様がすぐに手を回してくださったのだ。
「――では、ラウテル家は元々氏族の長だったのですね」
「左様でございます」
書斎で家系図を広げ、ラウテル家の歴史を学ぶ。「それにしても……」と思わず漏らし、教師を見上げた。
「まさか、シモンが直々に教えてくれるだなんて。本当によかったのかしら、旦那様がお困りにならない?」
「ほっほっほ」
シモンが目を細め、愉快げな笑い声を上げる。
「旦那様はこの老骨を必要だと仰ってくださいますが、後継は育ててございます。私がおらずとも屋敷は問題なくまわってゆくのですよ」
「まあ、そんなことないでしょうに」
ふふっと笑い返し、シモンを眺める。穏やかで、落ち着いていて、安心できる人柄だ。打てば響くように応えてくれる。旦那様も、きっと屋敷の全員が、なくてはならない人だと思っているに違いないのに。
「シモンは先代様の頃からずっと仕えているのよね?」
「ええ。旦那様がお生まれになるずっと以前よりラウテル家にお仕えいたしております」
「……旦那様のご両親は、どんな方々だったのかしら。旦那様はお小さい頃、どんな風にお過ごしになったの?」
信頼できる人となりに、つい不安交じりの質問をこぼしてしまう。――アルベルティナと交流がないのは、この家での当たり前なのだろうか。上位貴族にはそのような家も多いと聞いたことがある。親と子で住む屋敷が違ったり、顔すらめったに合わせなかったり。私は小さな家で家族と共に育ったから、どうしても寂しく思えてしまうのだけれど。シモンは私の問いに視線を落とし、家系図に書かれた先代様のお名前をそっとなぞった。
「先代様方は、それはもう仲睦まじいご夫婦でいらっしゃいました。中々子宝に恵まれず、シルフィア様――旦那様の姉君がお生まれになったときには屋敷の皆で涙して喜んだものですが……」
シモンが言葉を濁す。家系図にはシルフィア様の没年が。……ああ、待望の我が子が外にも出られないほど病弱だったなんて、どんなにお辛かっただろう。私なんてアルベルティナの頬が荒れただけでも辛いのに。膝の上で拳を握る。私の様子に気づいたのだろう、シモンが空気を変えるように、パッと明るい声を出した。
「歳が離れて、旦那様がお生まれになりました。子供らしい、お元気でいとけないご様子がありながらも、幼い頃より意思が強く聡明でいらっしゃいました。ご姉弟仲がよろしく、大声が絶えぬ日々だったように思います。先代様方も愛情深くご姉弟を慈しまれて……あの頃が、この屋敷が最も賑やかだったように思います」
目を細め、温かな日々を懐かしむようにシモンが穏やかな声を出す。では、旦那様には親兄弟との交流があったのだ。――家族が喪われて、しんと静まり返った屋敷を思う。旦那様はさぞお寂しかったのではないだろうか。
「ですが、今はアルベルティナ様が、そして何より奥様がいらっしゃいます。まるであの華やいだ日々がかえってきたようで、爺はうれしゅうございますよ」
そう言って、シモンはにっこりと笑みを深める。旦那様もそう思ってくださるのだろうか。もしや、突然増えた新しい家族に、ただ戸惑っていらっしゃるのだろうか。
「そうだと良いのですが」
眉尻を下げてシモンを見つめる。シモンは皺を深くして「ええ」と頷いた。本当にそうだといいと、心から思う。アルベルティナはあんなにもすごくとてもかわいいのだから、どうか父親からの愛情と交流も、と願わずにいられない。そして私も。契約とはいえ夫婦になったのだから、せめて信頼で結ばれた関係になれたらと思う。――少しでも打ち解けられるように、私からもっと話しかけてみようか。
「さて、本日はここまでにいたしましょうか。明日はカルラ様がいらっしゃいますからね」
「はい!」
シモンと話して前向きな気持ちになれた。有難いことだ。私は笑顔でシモンに返事を返す。
私に足りないのは知識だけではない。マナーや教養、上位貴族の夫人としての振る舞いにも欠けている。それを補うべく、旦那様は縁を頼ってくださったのだ。他家に嫁がれた旦那様の叔母君、カルラ様に習うことができるように。
アルベルティナと触れ合える時間が減るのは残念なことだけれど、自分のためにも、アルベルティナのためにもなる。『おかあさま、すごい!』と瞳を輝かせるアルベルティナ(少し未来の姿)を想像すれば、いくらでも頑張れる気がした。
旦那様は契約書にある通り、私に誠実であろうとしてくださる。そのお心に応えるためにも、信頼を築くためにも。さあ、頑張って学んでいこうではないか。








