温かな日々の中で
さて、アルベルティナとの初対面を果たしてから後、私は毎日足繁く彼女の元に通い始めた。
「奥様、そのようなことはなさらずとも、私どもが……」
「おしめも替えられず何が母でしょう!」
使用人が止めるのを聞かず、私はアルベルティナのおしめを替える。私が構いたいので。
美しいデイドレスは一日で脱ぎ捨てた。飾りだの紐だの、アルベルティナにとって危険極まりない。私は柔らかい生地の簡素なワンピースを身にまとい、日々アルベルティナと戯れている。
構わないのだ。夜にはきちんとフォーマルドレスに着替えるのだから。……会食などの予定がない限り、旦那様は私と夕食を共にしている。それも契約の一部だ。交流をはかろうという意思を感じる。会話は弾まないのだけれど。
昼間はアルベルティナの安全が一番! と深く頷き、私はアルベルティナのむき出しのお腹に頬ずりする。
「ぽんぽこおぽんぽんかわいい〜!」
むゆむゆのぽこぽこ〜! 私はぽこぽこお腹に口をつけ、ぷうと息を吹き出した。ブブブ! と鳴る音と波打つ振動に、アルベルティナがキャッキャとはしゃいだ笑い声をあげる。かわいい、ずっとこうしていたい。でもだめよお腹はしまわないと。「いたいしたら大変だものねえ」と言いながら、タイツを手に取る。はいはいで逃げようとするアルベルティナを捕まえタイツをはかせたら、アルベルティナは立ち上がってよちよちと逃げはじめた。はあ本当にかわい。手を洗ってこよう。
洗面所の鏡に映る自分の顔をじっと見つめる。——アルベルティナはいつか大きくなるだろう。そのとき私はどう思うのだろうか。目を閉じ想像してみれば……アッぜんぜんかわいい! 自分の背丈を超えても永遠にかわいい!! 旦那様にドレスの相談をしなくちゃ! アルベルティナの!!
黄金を溶かしたようなふわふわの髪に、翠玉色のくりくりの瞳。アルベルティナは絶世の美女になるに違いない。そんな姿を見る日が楽しみ。大きくなって、たくさんお話できる日が楽しみ。一緒にお茶をする日が楽しみ。……ああ、でもどうしよう。お母様から習ってはいるけれど、私の作法は侯爵家にとって未熟なものだろう。
アルベルティナにとって尊敬できる母でありたい……! 私は強くそう思い、天井を見上げる。然るべき歳になれば、アルベルティナは侯爵家の令嬢としてふさわしい教育を受け始めるだろう。もしそのときになっても、私が何も知らないままだったら。
作法も、家の采配も、ラウテル家の歴史さえ知らない『お母様』よりも、アルベルティナに教えてあげられる母になりたい!! 幸い、侯爵夫人として学ぶこと、補佐を付けていただくことに関しても一筆いただいている。契約の範囲なのだ。私は決意を胸に、早速夕食の席で旦那様に願い出ることにした。
「旦那様、私は侯爵家に嫁いだ者として、責任を担いたく存じます」
「そ、そうか。こちらとしてもありがたいことだ。家庭教師を手配し、補佐を付けよう」
「ありがとうございます」
「……あなたはどうして、そこまで献身的に」
粛々と礼を述べる私に、旦那様が戸惑いを見せる。どうしても何も、アルベルティナがもうものすっごくかわいいのだから。
「当然のことではございませんか?」
「いや、だが」
旦那様は口ごもり、視線を揺らめかせ……そして目を細めて微笑みを浮かべる。
「——あなたはとても、得難い人だ」
初めて目にした旦那様の柔らかな笑みに、思わず胸が高鳴った。
なぜ、と。私こそ思う。夕食の後私室に戻り、窓の外を眺める。なぜ旦那様はこうも私に誠実であろうとしてくださるのか。なぜアルベルティナの生母を愛人として囲わず、使用人として留めることもせず追い出したのか。なぜ、アルベルティナに対して距離があるのか。——疎んじているわけではないと、アルベルティナを見れば一目でわかる。清潔で、健康で、かわいらしい服を着ていて。部屋には厚みのある柔らかなラグが敷き詰められている。音の鳴る玩具や、ぬいぐるみもたくさん与えられている。専属の使用人たちは皆心根の優しい、穏やかな人柄だ。アルベルティナは健やかに育つよう慈しまれている。……旦那様のご意向でなければそうはならない。それなのに、旦那様の態度はどこかよそよそしく、まるで気後れしているかのよう。
——アルベルティナはいつか自分の出自を知るだろう。そのとき旦那様はどうなさるのだろうか。私は、アルベルティナを庇えるようになりたい。アルベルティナが軽んじられたとき、侯爵夫人として堂々と『アルベルティナは私の娘だ、文句がおありか』と言ってやれるようになりたいのだ。それから、本当の母親についても探りたい。どう動くのが母子の幸せにつながるかはまだわからないけれど、せめて、居場所と意思を知れるように。
……まだ旦那様にすべてをぶつけることができない。ここに越してきてから日が浅く、互いの交流さえ探り探りだ。きちんと答えていただけるほどの信頼関係を築けたとは思えないし、正直、納得のいかない返答が返ってくることを恐れている。でも、あの子が小さいうちに必ず。
身分の高い殿方は赤子の世話などしない、と言われればその通りだけれど、どうか触れ合ってやってはいただけないだろうか。父親なのだから。
もしかしたら、思いも寄らない事情がおありなのだろうか。旦那様の微笑みを思い出し、煌めく星空を見上げる。——私に誠実であろうとしてくださる旦那様の態度と、柔らかな笑みに希望を探して。








