第十三話 密議
広場での騒動の翌日の夜、トレヴィは密議が行われる部屋へと向かっていた。
「トレヴィ様、先日の騒動者との折衝におきまして、お一人で支障は生じませんでしたでしょうか」
そう恭しく問いかけるのは、トレヴィの右横を歩く執事、セイレン=アクアリス。
歳の若い男で、黒を基調とした執事服を身に纏い、トレヴィより深い青色の髪と瞳。背丈が高く、180㎝はとうに超えている。
「あぁ、大丈夫だったよ。心配御無用かな」
「そうですよセイレン、トレヴィ様が大丈夫と仰るなら大丈夫なのです。あなたは心配しすぎです」
そう自慢げに話すのは、トレヴィの左後方を歩く青髪ポニーテールのメイド、アクア=アクアリスだ。
美貌を持つ大人の女性で、同じく黒を基調としたメイド服に、白のホワイトブリム。
大胆に空いた胸元が彼女の妖艶さを際立たせる。
「しかし、、得体の知れない者と護衛無しで接触するのは…」
「トレヴィ様は一番強く、聡く、賢く、イケメンなので大丈夫です。何回も言ってるでしょう」
「アクア…もう少しは主人の心配を…」
「はいはい、二人とも喧嘩しないで」
「「はっ」」
慣れ切った様子でトレヴィは二人を宥める。
そしてある部屋の前につき、セイレンが扉を開けた。
扉を開けた先には、無駄に大きい円形型のテーブルに四つの椅子が並んでいて、すでに二つの席には人影があった。
「ごめん、サーラにマリウス。後ろの二人が喧嘩していて遅れた」
「いいですよ〜トレヴィ様。こっちも恋バナで盛り上がってたし」
「…君が一方的に話していただけな気もするけど。それは置いといて、陛下、お久しぶりです」
サーラの被害を受けたと思われる金髪の青年がトレヴィに向けて一礼する。
その青年は、雪のように白い軍装に身を包み、その身には隙ひとつない。
胸元を飾る黄金の飾緒が白地の布の上で高貴な光を放っていて、彼の身分の高さを強調している。
「久しぶり、変わらないね。けれど、僕と君の仲でしょ?陛下って呼ばなくていいのに」
「いえいえ、神であらさるトレヴィ様への敬意です」
「はいはい、わかった。…さて、時間もない、さっそく本題に入ろう。っと、その前に」
パチンッ
トレヴィは右手を高く上げ指を鳴らす。
透明なドーム状の波動が、水面に広がる波紋のように部屋を包み込み、外部の喧騒を完全に遮断した。
「多分ないけど、盗聴や乱入がないように結界を張るね。サーラは初めてかな?」
「昨日のカケル君といた部屋にもありましたよね、この結界」
「そうだね、問題ないかな。…それでは進行を頼む、アクア」
トレヴィの後ろで控えていたアクアが一歩前に出る。
「本日の議題は、異世界人『クロノ=カケル』と、始原ノ赤:フェルスト=メタレイア様が治める軍事国家『メタレイア』の戦争準備との関係性。加えて、『メタレイア』に対する防衛策についてです」
その議題を聞き、表情を改めるアイリスとマリウス。
「陛下、クロノ=カケルというのは、先日の騒動の?」
「あぁ、サーラが拾ってきたという『異世界人』だね」
「『異世界人』…」
マリウスは、聞き慣れない単語に小首をかしげる。
彼は、水翠水神騎士団第一騎士団長であり、騎士団最強と謳われる人物だが、『異世界人』と接触したことはなかった。
「…なるほど、陛下はあの青年がメタレイアが送った『間者』と疑っていると?」
「話が早いね、マリウス。ただ、昨日話した感じだと、その可能性は低そうだ。良い子のようだし」
「そうだよ〜マリウス。あの可愛い弟が裏切り者のわけないじゃん」
「ははは…君の弟だと、あの子が気の毒だな」
「なんでよ!こんな美人の姉がいて気の毒なんて!」
「そうゆうところだよ?」
二人が言い争いをし始めそうなので、宥めるトレヴィ。
「あの騒動をわざと起こすのは、間者としては自殺行為だろうね。ただ、それを逆手に取った作戦の可能性もあるから、要注意人物として監視する」
「慎重な陛下らしい決定ですね。これで間者なら相当手練れですよ、彼」
「二人ともカケル君を疑って…、まぁお世話は任せてくださいっ」
「少し違う気もするけど、そうだね。カケル君についてはサーラに一任しよう。では、次の議題に進む」
すると、セイレンが手に持つ資料を慣れた手つきで三人に配り始める。
「近頃、『メタレイア』と僕たちの国『アムレット』の境界の海域で、メタレイアの軍事練習が頻繁に行われていることは知ってると思う」
「…でもトレヴィ様。それは戦争目的より、『世界の綻び』の増加への処置じゃない?この周辺の森も魔獣が普段より多かったですし、あっちでも起きてるんじゃ?」
「僕も初めそう思ってたんだけどね、そう簡単には決めつけれないらしい」
トレヴィは憂鬱の表情を浮かべ、資料を見るよう二人に促す。
『世界の綻び』、それは現世と魔界を繋ぐ裂け目。
魔界は魔物や悪魔が蔓延る地獄の世界であり、その裂け目を通して魔界から現世に魔族が侵入する。
『メタレイア』は軍事国家ということもあり、世界の魔物退治や悪魔討伐などを請け負っていた。
それはトレヴィも承知なので、そこまで軍事練習を気に留めていなかった。
ただし、その提示された資料がその楽観的な考えを否定する。
「……出入国の大幅な規制、他国への軍事品提供の中止、それに…」
マリウスは資料の最後のページを見て、思わず目を細める。
「あぁ、メタレイアに潜伏していた僕の暗部が殺された」
「「っ…!」」
その言葉で、二人の表情が一瞬強張った。
ただ、団長という立場の二人、想定外の事態でも慌てることもなく、すぐに平常心へと戻す。
「…なるほど、明らかな『戦争準備』に見受けられる、と」
「というか、ハッタリと思わせるぐらい大胆。あのフェルストさんっぽくなくないですか、トレヴィ様」
真剣な表情で資料を見やるマリウスに、いつもの飄々とした態度で問いかけるサーラ。
「そうだね、私も彼らしくない行動だと思う。『メタレイア』出身の君もそう言うのなら太鼓判かな」
「ふふんっ」
サーラは自慢げに腰に両手を当てる。
その意味不明なドヤ顔に残りの二人は苦笑するが、少し重かった空気が軽くなる。
彼女なりの気の使い方などなろうと二人は思っているが、彼女にはそんな気は全くない。それは彼女の美点でもあるが欠点だった。
「……戦争準備だと仮定して、『メタレイア』が一体どこを侵攻するかどうかが一番の問題かと」
しかし、そう問題提起するマリウスの表情は暗い。理由は単純だ、答えは一つだからで――
「「アムレット」」
サーラとトレヴィの意見が合致する。
「まぁ、そうなりますよね…。『メタレイア』と『アムレット』境界付近海域での軍事行動、その周辺に他の国はないですから」
「あぁ、陸での侵攻はメタリス山脈があって不可能だからね。海からの侵攻しかない」
マリウスにトレヴィが追従する。
実際、アムレットとメタレイアは別の大陸にある。アムレットの北側にメタレイアがあるが、その間にはメタリス山脈と言われる、世界最高峰の山々が連なっていた。
加えて、山脈の間には外海と内海を繋ぐ大きな海峡があり、陸での進軍はほぼ不可能というのも当然の事だろう。
三人の嫌な予感が的中し、部屋の空気がまた重くなる。
何を目的に、何を理由にメタレイアが攻めてくるのか何もかも不明だった。
「…でも来ること分かってるなら、対策すればいいだけじゃない?」
サーラの能天気な声が部屋に響く。
それは当たり前の事で、単純。
だが実に的を得た発言だろう。
「サーラの言う通りだ、僕たちが出来ることをするまで」
トレヴィの言葉に頷く一同。
「では、戦争への防衛案について議論しよう――」
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「――では、今回の密議は終了かな」
そして、トレヴィは席を立って厳かに宣言する。
「今回の密議の内容は国内の混乱を招く可能性があるため、皆には秘匿契約を結ばせてもらう、いいか?」
「「はっ」」
全員の合意を取ると、トレヴィは手を前に掲げ唱え始める。
「天に証を、地に楔を。我れらが血の一滴、我れが命の灯火を以て、此処に誓約を成さん。『命の契約』」
契約成立――
密議を終えた部屋に、再び静寂が戻る。
窓の外では、ただ満月の蒼白い光が、嵐の前の静けさを饒舌に物語っていた。
次回第十四話『ルーク』です!
お楽しみに~




