第十二話 騒動の後
俺とアイリスはトレヴィ様との対談を終え、夕暮れの中、帰路についていた。
「…なんか、色々あったな」
「そう、ね」
弱々しく返答するアイリスの顔は暗かった。
「ごめん、私のせいでカケルを巻き込んじゃって」
「いやいや、あれって俺がぶつかって、ぶん殴ったからでしょ?俺が謝る方だよ」
「いや、違うの。あれは私とルイの問題だから」
「…もしかして、ルイが言ってた『英雄のなりぞこない』ってやつ、?ごめん、嫌なら答えなくていいけど…」
俺の言葉に、アイリスの顔が強張る。
少しの沈黙の後、アイリスの口が開く。
「……私は二年前もルイと戦ったことがあってね、その時にコテンパンにやられたの。魔王を倒した英雄の妹なのに、無様に負けたことが広まって、一部の人から『英雄のなりぞこない』って呼ばれるようになった」
「いや、、一回負けたぐらいで言い過ぎじゃ…」
「あの時、ルイ=サルバートは無名だった。無名に英雄の妹が負けたのだからそう言われるのは無理はない。加えて、お姉ちゃんは今の私の歳で魔王を倒したの。それに比べたら…」
「…でも、今日勝てたくない?」
「えっ…」
俺が突然水を差し、アイリスが意表を突かれたような顔で俺を見つめる。
「そりゃ、英雄の妹だから自分も強くないといけないっていうプレッシャーはあると思う。けど、アイリスはアイリスじゃん?二年前に勝てなかったルイに勝てたってことは、もうアイリスの方が強いってわけだろ?」
「いや、、そうだけど…」
「他人と比較するんじゃなくてさ、自分が前できなかったことができるようになったとか、成長したところを見るべきだと俺は思うんだよね。まぁ、そう簡単にできることじゃないけど…」
「うん」
少しアイリスの表情が明るくなる。
だけど、こういう最後、後押しする言葉が出てこないんだよな…俺。
俺の謎の沈黙にアイリスの戸惑いを感じる。
ええい!もうこうなったらやけだ!!
俺は歩くアイリスの前に立ち塞がる。
「というか!まず、英雄の妹とか、昔に負けたとかどうだっていい!アイリスが一番強い!俺が保証する!」
突然、声の大きさが二段階上がった俺にアイリスは狼狽する。
「俺は今ここにいるのはアイリスのおかげなんだよ。アイリスが怪しい俺の居候を認めてくれたし、街の案内も、迷子の子の助けも、ルイからも俺を守ってくれた。全部アイリスの“優しさ”でだ」
この時、自分でも俺が何言ってるのか分からなかった。
けど、必ず伝えたいことが心の中であった。
「『英雄のなりぞこない』とかどうでもいい!」
俺が、今日のアイリスを見て、感じて、理解して、言わなければならないこと。
「アイリスは、俺にとっての『英雄』だ!!」
「!!」
*
「アイリスは、俺にとっての『英雄』だ!!」
その言葉を聞き、アイリスは息を呑んだまま、しばらく立ち尽くしていた。
目の前で自分を「保証する」だの、私を『英雄』だって言う、異世界からきた青年。
真っ赤な顔と必死な眼差し。それがおかしくて、けれどたまらなく愛おしくて。
驚愕に震えていた唇から、不意に乾いた笑いがこぼれた。それと同時に、堰を切ったように大粒の涙が頬を伝い落ちる。
「なに……それ。無茶苦茶だよ、カケルは……っ」
彼女は片手で目元を覆い、声を震わせて笑った。泣いているのか、笑っているのか。自分でも分からないまま、アイリスは2年分の重荷が消えていくような、清々しい解放感の中にいた。
「泣いてるのか、?」
「泣いて…ないっ!、ふふ、ははは…、バカじゃないの……? 本当に……バカなんだから…、『英雄』って…」
「冗談じゃないって!俺は本気で…」
アイリスは理由もなく流れる大粒の涙を必死で片手で拭き取る。
「…ほんとうに、ばか……、だけど───」
アイリスはカケルの方に体を向ける。
「…ありがとうっ!!」
「……どういたしましてっ」
泣いてぐちゃぐちゃのはずなのに、そこにあるのは見たこともないような満面の笑みで。俺は、釣られるように笑ってしまった。
アイリスの、こんなに素直な笑顔を見るのは初めてだった。
(なんだよ、こんな可愛く笑えるじゃん)
笑う彼女の表情は、夕暮れの光の中で、どんな「英雄」よりも眩しく輝いていた。
・
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その夜──
俺たち三人は夕食は食べていたのだが、やけにサーラさんが、夕食を食べる俺とアイリスを見つめてくる。
「何、お姉ちゃん?ジロジロ見て、きしょいよ」
「んーなんかあった、二人?帰り道で?」
「「んっっ…!」」
的を射る質問に、俺たちは食べていたものが気管に入りむせてしまった。
それは、サーラさんに確信を与えるのに十分な反応で…
「へ〜そうなんだ〜。……カケルが本当の弟になるのも近い将来──」
「「ならない!! / なりません!!」」
見事なユニゾンで放たれた拒絶に、サーラさんは「息もぴったし!」と、ますます楽しそうに目を細めた。
食卓を並んだ言い合いが終わる気配はない。
ただ、俺は今日ようやく、『家族』として受け入れられた気がした。
アイリスの横顔にも、もうさっきまでの陰りはない。
うるさくも、温かい。そんな異世界の夜が、賑やかに更けていった。
*
宮殿地下の牢屋にて──
「クソクソクソクソッッ!!!!」
必死に『透明な壁』を殴りつけるのは、金髪の青年、ルイだ。
「なぜ『瞬間移動』ができない…?」
普通の檻ならルイの『瞬間移動』で脱出は容易なはずだった。
だが、それを拒むのは、ルイを四方に取り巻くこの透明な壁。
それは、ルイがトレヴィと相対した時につけられたものだ。
『ちょっと君はやりすぎかな?ルイ君───『次元を断つ結界』』
その瞬間にルイは透明の壁によって封印され、身柄を拘束された。
能力を使うことも許されずに。
「……絶対に、絶対に殺してやる…アイリス=ルミエールっ!!!!!」
ルイは唇に血がにじむほど強く噛み締め、誰もいない牢屋の中で咆哮する。
その金色の双眸が、『憎悪』によって黒く塗りつぶされた──。
次回第十三話『密議』です!
お楽しみに~




