013 トルラド王国近衛騎士団・副団長アリス=マッカートン
私はレイナ様のお部屋のドアをノックする。
「お嬢様、よろしいでしょうか?」
私が"お嬢様"と呼ぶのは、レイナ様がお忍びで視察をなさる等の護衛に着いている場合、情報を秘匿すべき任務を遂行している場合である。
又、公人としての御仕事をなされていない時にレイナ様はレイナ王女と呼ばれることを嫌われる。いや、レイナ様は言葉に出さないが、古くから御仕えしている私とハルド団長には丸わかりなのだ。
私達は普段、レイナ様とお呼びしている。しかし、今は賊が何処で聞いているかもわからない状況で、無闇に名前を出すのは不味い。相手の目的が王族暗殺なのか、金品を盗むことなのかはっきりしていないこともある。
「はい゛。」
レイナ様から返事が返ってきた。少し声が治っているようなので、このまま快方に向かってくださればいいのに。
「失礼します。」
私はドアを開け、中に入る。部屋は暗く、ベッドの側の橙色のランプだけがボゥッと浮かんでいる様だ。闇に蝕まれながらも一つの希望が懸命に抗っている、私にはそのように思えた。
私達護衛は必要のない限り蠟燭等の灯りを持たない。目を闇に慣らして夜間戦闘に備えるとの目的もあるが経費削減という面もある。"贅を尽くすな、国に利せよ。"とはトルラド王室の家訓であり、仕えている私共もそれを守っている。
まあ、月明かりで事足りるし元々私は戦闘の邪魔だと思っているから、その言葉が無くてもあまり関係無いのだけれど。
私は静かにベッドへ近づく。しかし、後数歩のところで異変が起きた。ベッドからレイナ様が起き上がったのである。
私は驚愕した。叫び声を上げそうになったが、レイナ様が口元に人差し指を軽く当てたのを見て既のところで堪えた。
「アリス、話があるの。」
レイナ様は落ち着いた声音でそうおっしゃった。声は掠れていない。
「……話とは?」
私は困惑しつつも何とか返す。レイナ様は返すのが辛い程、御容体が悪い筈…しかしよく見ると罹る以前より元気なご様子?訳がわからない。
「そうね…先ずは命の恩人から紹介しましょうか。」
「命の恩人?一体何者なのですか?それにその者はどちらに?」
するとレイナ様はクスクスと笑い始めた。
命の恩人?レイナ様の御容体が良くなったのはその者のおかげだと言うが、誰だろうか?…ハルド団長が帰投したという報告も無ければ、何か新しい治療法が見つかったという報告し無い。そもそも来訪者がいない…は……ず?そこまで考えて気がついた。しかし…いや、これが事実なら、ますます訳がわからない。賊がレイナ様を助けるなど。
その考えに思い至った時、背後から気配がした。
反射的に、私は振り向きざまに剣を抜き放ち構えた。だが、私の首筋には黒鳶色の刀身が橙色の光を受けて煌めいていた。
レイナ様は口に手を当てながらおっしゃった。
「ふふふ、アリスが気付かない程の技量ですか…アリス、紹介しましょう。その方が命の恩人です。」
私は戦慄した。相手の放つ魔力、技量、そして何より首筋にある刀の存在感を感じて。
目がその刀に釘付けになる。それは金属のようでいて何処か柔軟な印象を与える何かで出来ており、多量の魔素と強大な魔力を孕んでいる。それこそ然るべき技量を持った魔法士がこれを基盤にすれば、単独で大規模殲滅魔法を発動させることが可能であるほどの……
「私はエルム=ワルド。以後お見知りおきを。」
私はその言葉で意識が引き戻された。エルム=ワルド……名字持ちとはますます只者ではない。名字は王族、貴族と一部の豪商しか持っていないのだから。
私は剣を下ろし、鞘に仕舞う。相手も布製の鞘に収めた……は?布製?いや違う。形は布の様ではある。しかしまるで鉄製の帯を巻いた様な、布を固めた様な光沢を帯びている物だった。鞘に収めた時、刀の威圧が無くなったことから、おそらく刀の力を抑える役割を果たしているのだろう。生半可な鞘では粉々に砕けるであろう刀とそれを収める鞘。どちらも帝国の噂にある魔導兵器を彷彿とさせる。ーーーーアリスは知らないが。鞘は樹布を巻いて固めた物である。ーーーー
私は鳥肌が立つことを誤魔化しつつ、名乗り返した。
「私はテトリア駐屯騎士団副団長のアリスである。お嬢様を救っていただき、感謝する。」
色々な事で精神がおかしくなりそうだが、取り決めは忘れない。私達は今、テトリアの騎士団の協力を得て御神木の実を確保する任務をしている。
実を言うと、無断で御神木の実を採ることは条約違反であるから、露見する事態に備えて国に対する損害を減らす対策を講じている。
内容は、一時的にテトリア騎士団に籍を置いておき、あくまで"テトリア駐屯騎士団が独断で森に入った"ということにする手筈であり、トラルド近衛騎士団は関与していなかった、と。
テトリア騎士団には、表向きには罰則を課すが補償はする、という条件で引き受けてもらった。そこまで考えてふと思った。
ーーーーまさかレイナ様がこの者にバラしてしまったとか?恩人ならば、抵抗が薄れるのでは…
私は再び意識を戻した。
「エルム様、こちらがテトリア駐屯騎士団のアリスです。別荘に滞在中お世話になっていて、古くから付き合いが有ります。」
私はレイナ様を見た、するとレイナ様もこちらを見ていた。レイナ様の力強い双眸を見て、私は昔を思い出す。
そう、あれは城下町に遊びに出掛けられた時のこと。護衛には私と数人の部下がいて、私はレイナ様と手を繋ぎながら歩いていた。しかし、レイナ様は突然手を離し、走り去ってしまった。
レイナ様は幼い頃から好奇心旺盛なお方であった。何かしら気になる出来事を見つけると、普段からは考えられないほどの行動力を発揮なされる。私達は慌てて追いかけるも、見失ってしまった。
しばらく探していると、レイナ様が路地で他の子供達と遊んでいるという微笑ましい光景がそこにあった。
私は長い間見ていたかったが、部下の一人が走り寄りレイナ様に話し掛けた。
すると他の子供は、泡を食った様に駆け出していった。
まあ、厳つい鎧を纏った男が突っ込んで来て、尚且つ先程から話していた相手が王族だと知ったならば慌てるのも無理はない。
私も駆け寄りレイナ様に声をかけた。するとレイナ様は力強い双眸をこちらに向け、私にしか聞こえない声量で呟いた。
「家の事を教えるのは、もっと親しくなってからにしたかったな……」
「ふむ、では信用しましょう。」
私は過去へ飛ばした意識を引き戻された。
「信用、とは?」
「アリス、実は今、とても重大な事が起きているのです。」
「重大?どの様な?」
レイナ様は気持ちを落ち着ける様に少し間を空け、口を開く。
「他国の暗殺者が騎士団に潜入しています。」
「暗殺者?!」
驚いた。暗殺者が騎士団の中にいるとは、由々しき事態である……だがそう言われると思い当たることがある。しかし先に一つの確認を。
「……騎士団にですか?」
「そう、騎士団にです。」
騎士団にテトリアを付けない事から察するに、近衛騎士団も例外ではない。
「その根拠は?」
エルム殿が答える。
「それは…レイナ様が患っていた物が実は霊法の類いで、術者がいるとわかったからです。」
「……それがわかったのは、貴方がエルフだから?」
「左様。」
エルフと言えば、魔素より霊素に親和性の高い種族である。普通の人間がわからない事を突き止めることはできる、か。まあ、筋は通っている。それが事実ならば、レイナ様が患っていたのは首都にいた頃から…
「でも、何故騎士団の中にいると?」
「それは交戦の最中、同じような霊法を仕掛けられたからです。」
「交戦中……は?交戦中?」
「はい。」
いや、交戦中?騎士団と?団長は帰ってきていない、なのに戦ったというエルフが目の前にいる?……待て、そもそも何故エルム殿はここに来た?何をしに?そんな事を考えられないほど、あの刀に気圧されていたのか?こちらはまだ、この者を信用すると決めた訳ではないのに。
「そもそも、エルム殿は何故お嬢様を助けに?」
「それはハルド殿からレイナ様の病いについて知り、何とか出来るのでは、と。」
……理由は善人その者だな。他に目的があるかどうかは、会話で推し測ろう。
「そうですか。では、団長は今何処に?」
「さあ?今頃こちらに急いで戻られていると思いますよ?」ーーーー実の所、エルムは空を飛んだ時にハルドの一団を確認していた。が、そんな事は言う必要の無いことである。ーーーー
……団長とは別行動。そして短期間で森からテトリアへ移動する手段がある?…質問を続けよう。
「エルム殿はどの様な方法でお嬢様をお助けに?まさか御神木の実、ですか?」
エルム殿は少し考える様な素振りを見せて、
「いいえ。我が主人、ヘリス=ワルド様のお力です。」
そう言い切った。
ーーーーヘリス=ワルド?エルム殿と同じ|ワルド(名字)か…
「その方は今どちらに?」
「森の奥深くにおられます。」
「森の奥?」
「はい。主人は動けないので。」
ーーーー御老体なのだろうか?だが、主人という言い方が気にかかる。
それにしてもヘリス=ワルドというは一体どの様な人物なのだろうか。正直に捉えるならば、危篤の少女を助けるために使者を送る聖人?いや、何かしら裏があるかも知れない。気を抜いてはダメだ。
「そうですか。では騎士団の中に暗殺者が潜んでいる事が事実ならば、特定は出来ているのですか?」
エルム殿は再び考える様な素振りを見せ、
「いえ、森に居た騎士の中にいる、としかわかっていません。」
すると、レイナ様がおっしゃる。
「エルム様は、その者が私から離れるという行動を取った事から、複数いるのではないかとおっしゃっているのです。」
「左様、おそらくその者は実の確保を妨害もしくは横取りする目的で離れ、他の仲間に監視を任せたのでは、と。」
……レイナ様の命を奪うのが目的なのか、御神木の実が目的なのか、将又両方……
そうだ、先程思い当たった事について話さねば、
「お嬢様。」
「はい?」レイナ様は首を傾げて問い返す。
「最近、教会との交流行事の一環としてテトリア騎士団員と交換する形で、聖騎士が入ってきましたがそれは……」
レイナ様は首を横に振る。
「関係ありませんね。教会が今回に限って交換の時期を早めたのは気にかかりますが、問題を起こせば教会の上位組織"トワイライト"のみならず、その本部がある"神聖国ムファルス"との国際問題に発展する恐れがあります。立場を悪くしたくない教会が何かして来るとは思えません。」
そうか、教会が下手に動くと、ムファルスがトワイライトに圧力を掛けて、教会の制裁に乗り出す可能性があるのか…ムファルスはトワイライトを支援している反面、体面が傷つくのを極端に恐れている。
「どこの誰かは、本人に直接聞きましょう。」
エルム殿がそう言って、
「そうですね。アリス、これからについてお母様も交えて、内密に話したいです。ですから明朝に二人だけで私の部屋へ来て下さい。」
「…わかりました。」
正直、レイナ様と男1人を同じ部屋に居させるのは避けたいと思ったが、エルム殿が見つかる方が色々と面倒な事になるので、渋々答える。
「では、私はこれで。」
そう言って部屋を出た。
後は明日の話でどう動くかが、暗殺者とエルムの本性を表すであろう。
私は静まり返った廊下を歩く。
お読みいただきありがとうございました。




