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人生交換アプリ|犯した罪もこれでチャラ

 俺は今マッチングアプリで知り合った同世代の男とカラオケで話している。


 しかし俺たちの目的は色恋ではなかった。


「この『交換成立ボタン』を押したら、本当に俺たちの体が入れ替わるんですか?」

「うん。ただしボタンを押してから、きっかり二十四時間後にね」


 男はそう断言したが、俺は改めて詐欺じゃないかと心配になった。


 けれど初めての俺に対し、男は以前にもこのアプリで体を交換したという。


 ちなみに交換後はトラブル防止のために、元の自分を特定するための記憶は消えてしまうそうだ。


 やっぱり気に入らないから体を返せとか、家や職場に来られたら迷惑だもんな。


 ただ元の自分や関係者の名前や姿、住所などの細かい情報を思い出せないだけで、物心ついてから今に至るまでの経緯は分かるので不便はないという。


 かなり不安だったが、俺にも自分の人生から逃げたい理由があるので、取り引きを進めることにした。


「じゃあ、最後に今の体のステータスを確認しようか」


 男に促されてアプリを確認する。借金、犯罪歴、病気なし。


 同世代だからか所持金も同じくらいだ。これなら入れ替わっても大きな害は無いだろう。


 俺は合意のもとに交換成立ボタンを押した。


 それから俺と男はカラオケ店を出て、帰宅のために駅へ向かった。


 その途中の道。


「さっきから妙にビクついているけど……もしかして通り魔が怖いのかい?」

「えっ、なんですか? 通り魔って」


 キョトンと問い返す俺に、相手はこう続ける。


「最近ネットで話題になっているだろう? 去年から今年にかけて、もう五件も無差別殺人が起きている。このペースは異常だって」

「あ、ああ。確かに通り魔も怖いですよね……」

「通り魔以外に怖いものがあるのかい?」

「あっ、いえ。通り魔以外にも、最近は色々と物騒じゃないですか。そういう意味で……」


 実は俺が恐れているのは見知らぬ通り魔ではなく、メンヘラストーカー女だった。


 まぁ、二股した上に、その子を妊娠させた俺も悪いっちゃ悪いんだけど。


 でも普通は自分が二番手だと知ったら、諦めておろすだろう。


 しかしその女は、


『赤ちゃんがいるんだから、責任を取って結婚してよ。断るならアンタを殺して私も死ぬから』


 と俺を脅迫し、付きまとっている。お陰で本命の彼女とも別れるはめになった。


 警察に相談したいのは山々だが、俺にも少しは非があるので他人には言いづらい。


 そのうち刺されるんじゃないかと本気で恐怖している。


 そんな経緯から解決策を模索する中で、この『人生交換アプリ』を見つけたのだ。


 もし本当に他人と人生を交換できるなら今頃社会問題になっている。


 それが起こっていないのは人生交換アプリが人知を超えた力によって作られたもので、外部の人間には説明したところで伝わらないかららしい。


 ……自分で言っといてなんだけど、人知を超えた力ってなんだよ?


『溺れる者は藁をも掴む』じゃないけど、俺も追い詰められるあまり、おかしくなっているのかな?


 これで自分の人生と確実におさらばできるなら、最後に仕事をサボって貯金を全部使い切るなど思い切ったことをしたかったが、本当にあの男と入れ替われる保証はない。


 そのため俺は最後の一日を普通に過ごした。


 仕事を終えて帰宅する途中。人気のない夜道で、それは起こった。


「ねぇ、いつになったら返事してくれるの? アンタが迷っている間にも、お腹の子はドンドン大きくなっているんだよ?」


 俺を待ち伏せしていたメンヘラに、怯みながらもこう言い返す。


「だ、だから俺は、お前と結婚する気はないって言っているだろ!」

「じゃあ、お腹の子は? おろせってこと?」

「そ、そうだよ! 金は俺が払うからおろしてくれよ! それでいいだろ!?」

「……分かった」


 ようやく諦めたのかと思いきや、女はハンドバッグから包丁を取り出す。


「じゃあ、皆で死のうね」

「う、うわぁぁっ!?」


 女がこちらに向かって駆け出すと同時に、ふっと世界が切り替わる。


 俺は気付いたら人気のない夜の住宅街ではなく繁華街にいた。


 しばらくはポカンとしていたが、


「そ、そうか! アプリで入れ替わったのか!」


 しかし窮地を脱して喜んだのも束の間。


「……って、なんだこれ!?」


 よく見ると、近くには血を流して倒れている男女の死体が無数に転がっていた。


「ど、どうして、こんな……いっぱい人が死んで……」


 その時ふと、前日に聞いた男の言葉が蘇る。


 そういえば去年から今年にかけて、各地で通り魔による無差別殺人が起きているんだっけ?


 まさかその通り魔事件に巻き込まれたのか?


 修羅場を逃れたと思ったら、こっちも修羅場かよ!


 俺も逃げなきゃ! でも通り魔は今どこに!?


 相手の位置も分からぬまま下手に動けば、かえって鉢合わせするかもしれない。


 しかし夜道で立ち往生する俺の耳に、パトカーのサイレンが届く。


 よ、よかった。警察が来たみたいだ。


 緊張からギュッと握り締めていた手が自然と緩む。


 その拍子に何かが落ちて、地面にぶつかり鋭い音を立てた。




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■ 解説■

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 語り手は結婚か心中を迫るメンヘラストーカーから逃げるために、ある男と人生を交換しようとした。


 しかし語り手に人生を捨てたい理由があるように、向こうにも相応の事情があるはずだ。


 交換相手の男が『人生交換アプリ』を使った理由は、最後のシーンに現れている。


 語り手は気付かなかったが、アプリで入れ替わるちょうどその時に、無差別殺人と遭遇しているなんて偶然は早々起こらない。


 意図的に事件を起こしたのでなければ。


 実は男は巻き込まれた被害者ではなく、事件を起こした犯人。


 しかも今回だけでなく、去年から今年にかけて起こった五件の無差別殺人事件が男の仕業だった。


 男は『人生交換アプリ』を利用して、事件を起こしては他人と体を交換して逃げおおせている犯罪者だったのだ。


 アプリでお互いのステータスを確認した時、『犯罪歴無し』と出たのは、その体ではまだ犯罪をしていなかったという意味。


 最後に語り手が落としたのは、事件に使用したサバイバルナイフである。


 語り手は自分の問題を他人に押し付けようとした結果、より重大な罪を押し付けられた。

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