年の差婚|子どもの頃から好きでした
彼女を初めて目にした時、私は一瞬、過去に舞い戻ったのかと思った。
なぜなら彼女は、私が二十歳の時に恋をして別れた女性――百合子と瓜二つだったから。
それもそのはず。家政婦として私の家にきた彼女は、昔愛した女性の娘だった。
「母が先生のファンで、家に画集があったんです。それで私もすっかり先生のファンになってしまって。家政婦として先生のもとで働けるなんて、とても光栄です」
彼女は若く美しい顔を喜色に染めて、私にそう話した。
この分では母親と私の関係について知らないらしい。
私は当時すでに婚約者がいた百合子と道ならぬ恋に落ちた。
けれど結局、百合子が選んだのは画家志望で年下の私ではなく、年上で甲斐性のある銀行員だった。
率直に言って、私は自分を捨てた百合子を恨んでいた。
奇しくも当時の百合子と同い年で、同じ顔をした娘など受け入れられるはずがない。
そんな拒否感とは裏腹に、当時は月や星より美しいと心底惚れこんだ百合子と同じ顔で「どうしても」と乞われると、家政婦を断ることはできなかった。
私と彼女は二十一歳も年が離れていた。普通ならどうなるはずもない関係。
その一線を踏み越えてきたのは彼女のほうだった。
どうも彼女は、もともと私が好きだったらしい。
小学生の頃に、百合子が持っていた私の画集に掲載されていた写真を見て、一目で恋に落ちたのだという。
私は思い切って彼女に、百合子との関係を話した。
自分は昔、君の母に捨てられたのだと。それ以来ただでさえ女性が信じられないのに、百合子と同じ姿で、しかも二十一歳も年下の君を受け入れることなどできないと。
ところが彼女――吾子は私にこう言った。
「私は母とは違います。先生を決して裏切らないし、どんな障害があっても絶対に諦めません」
人間、口だけならなんとでも言える。でも目の奥に宿る感情だけは誤魔化せない。
吾子はどうしてそこまでと恐ろしくなるほど本気で私を愛していた。
百合子に捨てられてから、私はずっと孤独だった。そこに、こんなに強く自分を求めてくれる女性が現れて、心が揺れぬわけがない。
私は吾子を愛してしまった。
一年後、彼女は私の子を身ごもった。
不安そうに妊娠を告げる彼女に、私はこう頼んだ。
「私は明らかに君より先にこの世を去る。それでもよければ、いつか私が死ぬまでは君とお腹の子を護らせて欲しい」
吾子は喜んで結婚に応じてくれた。
結婚するなら、彼女の両親に挨拶しなければならない。
大きすぎる年の差もさることながら、彼女の母である百合子とは気まずい関係だ。
普通に考えて昔捨てた男が、娘の夫になるなんて悪夢だろう。
果たしてどうなることかと気が重かったが、吾子は予想外の事実を私に告げた。
「えっ、百合子は亡くなっていたのか?」
「はい、私が小学生の頃に」
吾子によると、一緒にキノコ狩りをした収穫物の中に毒キノコが混ざっており、百合子があたってしまったそうだ。
「じゃあ、それからはお父さんと二人で?」
「いえ、父はもっと早くに母と離婚して、それきりです」
てっきり百合子は今もあの男と幸せに暮らしていると思っていたので驚いた。
「しかし離婚していても、母親が亡くなったら普通は父親が引き取るものじゃ」
吾子は私の発言を遮るように、やや早口に答える。
「それだけ酷い裏切りを、母は父にしたんですよ。母は他の男の子を身ごもったまま、父と結婚したんです。いわゆる托卵ってヤツですね。だから父とは血が繋がっていないので、私を育てる義理はありませんよ」
「他の男の子を身ごもったまま……? それはもしかして……」
恐ろしい可能性に冷たい汗をかく。
しかし私の深刻な懸念を、吾子は明るく否定した。
「やだ! 先生だったら、こんなことになっていませんよ! 私の実父は、先生とは別の人です」
「つまり百合子には婚約者と私以外に、もう一人男がいたと?」
「そうですよ。同時期に三人と付き合っていたなんて呆れちゃいますよね」
彼女はそこまで、ふしだらな女性だっただろうか?
しかし自分の出生について亡き母を貶めてまで、吾子が嘘を吐く理由もないはずだ。
「ともかく私は母のせいで、育ての父とも実の父とも引き離されることになって、すごく寂しかった。だから先生が私と結婚して、この子の親になると言ってくれて本当に嬉しかったんです。これからずっと私とお腹の子を、よろしくお願いしますね、お父さん」
吾子の境遇を聞いて、どうして二十一歳も年上の私に恋をしたかの謎が解けた。
子どもの頃に父性に恵まれなかった子は、年上の男性に惹かれやすいと聞いたことがある。
吾子はきっと私に父性を求めているのだろう。
それが彼女の望みなら、これまで恵まれなかった分、これからは私が満たしてやりたい。
ソファーの隣に座る彼女の肩を抱きながら、そう思った。
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■ 解説■
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語り手の婚約者である吾子は最後に、自分が托卵児であると告白した。
それを聞いた語り手は「まさか自分の子では?」と疑うが、吾子はすぐに「自分の父親は他の男だ。母は同時期に三人の男と付き合っていたのだ」と否定している。
ところで吾子の母が亡くなったのは、彼女が小学生の頃だ。
普通の母親なら小学生の娘に、自分の不道徳な男性事情を打ち明けるだろうか?
実際の出来事はこうである。
吾子は小学生の頃に、母親が持っていた画集に掲載された写真を見て、語り手に一目惚れした。
そして、それを母に話した。
実父を異性として好きになってしまった娘を見て、母は咄嗟に「その人はあなたの本当の父親だから、好きになっちゃダメよ」と止めた。
その流れで昔語り手と付き合っていたことと、吾子が父だと思っていた人物との離婚の真相を話した。
幼い吾子は「母の裏切りのせいで私は父を失ったのか。そして語り手とも結ばれないのか」と母を強く憎んだ。
そして母をキノコ狩りに誘い、わざと毒キノコを食べさせて、事故に見せかけて殺害した。
それは単なる憎悪ではなく、自分の出生の秘密を知る母を消すため。
「私は母とは違います。先生を決して裏切らないし、どんな障害があっても絶対に諦めません」
この言葉どおり、吾子は『実の親子である』という障害を知っても語り手を諦めず、ついに計画どおり彼の妻となった。
最後に「よろしくお願いしますね、お父さん」と言ったのも、彼女にとっては夫であり父親だからである。




