言霊2|「自分以外全員消えろ」と彼女は言った
放課後。学級委員である私は高校の先生に、同じクラスの女子が未提出の課題を終わらせるまで見張るように頼まれた。
自分は部活を見に行かなければならないが、放っておくと勝手に帰ってしまいそうだからと。
先生が教室を出てすぐ、危惧したとおりの事態が目の前で起きる。
「ちょっと、何、勝手に帰ろうとしているんですか?」
ジト目で呼び止めると、彼女は鬱陶しそうに返事する。
「いいじゃん、先生は部活に行っちゃったし。委員長だってアタシの巻き添えで居残りなんて嫌でしょ?」
「居残りは嫌なので、さっさと課題を終わらせてください。じゃないと、あなたを逃がしたせいで、明日私まで先生に怒られるじゃないですか」
課題をしろと促す私に、彼女は軽薄な笑顔で提案する。
「分かった。じゃあ、アタシが書くから委員長が答えを教えてよ。そうしたらアタシが解くより早いじゃん」
「あなたが独りでズルするのは勝手ですが、他人を不正に巻き込まないでください」
「マジかよ、この石頭。超最悪なんだけど」
私に注意された彼女はイライラした様子で、わざと音を立てながら着席した。
それでいちおう課題に取り掛かったのだが――
「あ~、こんな面倒臭いことをさせられるくらいなら、マジ世界滅んで欲しいわ~」
「あの」
「何?」
「世界が滅んで欲しいなんて怖いこと、冗談でも言わないほうがいいですよ。もし本当になったらどうするんですか?」
私の言葉に、彼女はおかしそうに嘲笑を浮かべた。
「は? 何? 言ったことが本当になるって。もしかして言霊ってヤツ? 委員長って頭いいのに、そっち系なんだ?」
そう。私はまさに彼女の言う言霊を信じている。
だからこそ言葉の力を軽んじて、死や滅びを口にすることは許せなかった。
流石にたった一人の軽口のせいで世界が滅びることはないだろうけど、目に見えないものを軽視すれば、何かしらの不幸が起こるかもしれないのに。
「……言っておきますけど、言霊を信じるよりも、思ってもいない言葉を不用意に口にするほうが愚かですよ」
軽く睨みながら言う私を、彼女はますます嘲り笑う。
「思ってもいない言葉って? アタシは真剣に世界が滅べばいいと願っているけど? アンタを始め、世の中ムカつくヤツばっかりだし。マジでアタシ以外全員消えろって思っているから」
「自分以外全員消えろって……家族や友だちまで消えてもいいんですか?」
今は一人だけど、お昼や休み時間は自分と同じ派手な女の子たちとよく話しているのに。
けれど彼女は、わざとぞんざいに言い切る。
「あ~、そんなの全然大丈夫。マジでアタシ以外全て丸っと消えてくれて構わないわ」
いっそ、その言葉が本気なら良かった。でも彼女はこの期に及んで冗談半分だ。
本当に自分以外の人が全て消えてしまったら、きっと後悔する癖に。
私は彼女と違って言霊を信じている。だから口には出さなかったけど、
(いっそ、その願いが叶えばいいのに)
と密かに願ってしまった。
「委員長? どうしてまだ教室に残っているんだ?」
「えっ?」
声に顔を向けると、教室の入り口から先生がこちらを見ていた。
「どうしてまだ教室に残っているんだ?」って、この人が居残りを命じたんだろうに。
「どうしてって……先生が私に残るように頼んだんじゃ?」
「いや、今日は何も頼んでいないはずだぞ」
……言われてみれば、具体的に何を頼まれたか覚えていない。そもそも頼みごとなんて、されてなかったかも。
雑用自体はよく頼まれるから勘違いかな?
先生もそう思ったようで、さっさと話を変える。
「特に用事が無いなら、暗くならないうちに早く帰りな」
「はい。じゃあ、さようなら」
カバンを持って廊下に出ると、先生は他に誰も残っていないのを確認して、教室の戸を閉めた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 解説■
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
言霊を信じる語り手と、それを馬鹿にするクラスの女子。
クラスの女子が『自分以外全て消えても本当に構わない』と口にした後、どうやら彼女のほうが体だけでなく存在ごと、この世界から消えてしまった。
言霊が本当にあったとして、なぜクラスの女子のほうが消えてしまったのか?
語り手の視点からはクラスの女子が消えているが、クラスの女子から見れば消えたのは語り手や先生のほうだ。
ある一人のワガママのために、他の全ての人類を地球から排除するよりは、願った本人だけを、どこかに移動させたほうが公平かつ簡単である。
クラスの女子はここではないどこかで『自分以外全員消えた状態』を味わっている。




