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食い尽くし夫の末路|娘が用意した甘い毒

 日曜日。小六の娘とデパートから帰宅すると、夫が死んでいた。


 夫は休日、昼まで寝ているので、午前中に出かけた私たちとは顔を合わせなかった。


 それが帰ってきたら死んでいるなんて。動揺しつつも警察に通報する。


 調べてもらった結果、夫の死因は食品アレルギーによるアナフィラキシーショックだった。


 確かに夫には重度のピーナッツアレルギーがあった。


 子どもの頃にピーナッツを食べて死にかけてからは、一切口にしないようにしていたそうだ。


 私もそれを聞いていたので、買い物の時は重々気を付けていた。


 けれど夫が亡くなったあの日だけは、家にピーナッツ入りの食べ物があった。


 それを家に持ち込んだのは――


「ゴメンなさい。私がばぁばに頼んでピーナッツのケーキを作ってもらったの」


 娘が言うばぁばは私の母で、問題のケーキはピーナッツペースト入りのパウンドケーキだった。


 ピーナッツペーストは生地に練り込んであるため、普通のパウンドケーキにしか見えない。


 あの人は大食いの割に味音痴(あじおんち)だから、食べても気づかなかった可能性がある。


「どうして、わざわざそんなケーキを? あなたもお父さんがピーナッツアレルギーなのは知っていたでしょう?」

「だって、お父さんはいつも私やお母さんの分まで食べちゃうから。ピーナッツのお菓子なら食べられないと思ったんだもん」


 娘の言うとおり、夫にはいわゆる『食い尽くし』という悪癖があった。


 何がそうさせるのか、自分の分だけではなく家族の分まで残らず平らげてしまう。


 注意してもお願いしても、決して聞き入れてくれない。「出しておくほうが悪い」の一点張り。


 夫は用意した手料理を一人で平らげて、私と娘は卵かけご飯やツナ缶で済ませる羽目になる日も珍しくなかった。


 娘はそれが辛かったのだろう。


 だから夫が決して食べられないものを、ばぁばに作ってもらい、私と二人だけで食べようとした。


「それにケーキには『これは私とお母さんの分。お父さんには毒だから絶対に食べちゃダメ』ってメモを貼っておいたんだよ」

「でもお父さんは絶対にダメだと言っても食べちゃう人でしょう。それにピーナッツのケーキだと書かないと『毒だから』じゃ分からないわよ」


 ついミスを指摘すると、娘は泣きそうに目を潤ませた。


「……そうだよね。お父さんが死んじゃったのは私のせいだ……」

「いえ、あなたを責めているわけじゃないのよ。ダメだと書いてあるものを食べたあの人が基本的に悪いんだし。それにアレルギーが出てもすぐに病院に行けば助かったはずなのに」


 重度の食品アレルギーだと、十五分から二十五分でショック状態になり自力では助けを呼べなくなるそうだ。


 でも、それまでに必ずかゆみや蕁麻疹(じんましん)などアレルギーの兆候を感じていたはず。


 夫は車の運転ができなかったけど、携帯で救急車を呼ぶくらいはできただろうに、なぜそうしなかったのだろう?


 そこで初めて夫の携帯が無いことに気付いた。うちは固定電話を置いてないので、携帯が無ければ連絡できない。


 家の中が妙に荒れていたのは、もしかして意識を失うまで携帯を探していたから?


「やっぱり! お父さんの携帯、ラッキーのベッドにあったよ!」


 ラッキーとは我が家で飼っている犬だ。ラッキーは前にも、出しっぱなしになっていたリモコンや携帯を咥えて持っていってしまうことがあった。


 あの時は唾液まみれにされた上に、歯形がついちゃって仕方なく買い替えたのよね。


 幸い夫の携帯には唾液も歯形もついていなかった。


 まぁ、あの人が使うことはもうないのだけど。


 夫の死亡時の状況について確認に来た警官たちは、


「どうやら不幸な偶然が重なった結果の事故のようですね」


 と結論付けた。


「あの、娘が罪に問われることはないですよね?」


 念のために確認すると、若い男性警官は優しく微笑んで答える。


「娘さんはただ、お母さんと一緒に安心してケーキを食べたかっただけですよ。それを殺人だなんて言う人間はいません」


 良かった。いちおう娘は夫のアレルギーを知っていたわけだし、悪く取られたらどうしようかと。


 娘も不注意だったかもしれないが、普通の人なら『私たちのケーキです』と注意書きされたものを、勝手に食べるなどしない。


 夫の悪癖のせいで、娘が殺人犯扱いされずに済んで本当に良かった。




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■ 解説■

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 重度の食品アレルギーを持つ男性が死亡した。


 普通なら最も疑われるのは、その食品を用意した人物である。


 ところがこの話において、その人物は小六の少女だった。


 しかも理由は父が自分たちの分まで食べてしまうから、母と一緒に安心して食べられるケーキが欲しかったというもの。


 語り手も警察も少女の境遇に同情して、思考をやめてしまった。


 けれど理由が『ピーナッツのお菓子なら食べられないと思ったから』なら、なぜ一目では分からないケーキを作らせたのか?


 語り手の指摘どおり、メモに『ピーナッツのお菓子だ』と書かなければ目的は達せないのに。


 さらに父が死んだ原因は食品アレルギーだけではない。携帯が無くて救急車を呼べなかったせいでもある。


 そして、その携帯は娘が発見した。犬が咥えてベッドに隠したことになっているが、だとしたら唾液くらいは確実につくはずである。


 それが無かったのは携帯を隠したのが犬ではないから。


 携帯は父親が起きる前に、娘が持ち出していたのだ。


 自分たちの留守に、いつもどおり人のものを貪り食った父がアナフィラキシーショックを起こしても助けを呼べないように。


 そして母と帰宅してから、携帯をソッとラッキーのベッドに隠した。


 娘は無邪気なふりをして、計画的に実の父を殺害したのだ。

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