唯一の生還者|宇宙船が爆破されたわけ
連絡が取れなくなっていた宇宙船の乗員が、緊急用の脱出ポッドで地球へ戻ってきた。
生還者は、その男性一人だけ。
彼によれば他の乗員は皆、宇宙船の中で殺し合いになって死んだらしい。
その殺し合いのきっかけになったのは、船長が出したある指示だった。
『この船はもう地球に戻らない。君たちには全員ここで死んでもらう』
この驚くべき命令をきっかけに、船内は船長派と帰還派で対立。
最終的に今回生還した彼だけが生き残り、宇宙船は船長派が仕掛けた爆弾で吹き飛んだそうだ。
船内でトラブルが起きて宇宙船は爆破、その窮地から一人だけが地球に帰還する。まるで古典的SF映画のような展開だ。
政府から事件の調査を命じられた私は、当然のごとく彼の証言を疑った。
何故なら例の宇宙船の船長は『冷静沈着で絶対に判断を誤らない人物』として周囲から信頼されていた。
だからこそ船長という最も責任の重い立場に選ばれたのだ。
そんな船長が理由なく乗員に殺し合いを命じるとは、とても考えられない。
仮に殺し合いが起きたとすれば相応の理由があるはずだ。
ところが肝心の生存者は「酷く疲れているんだ。今はただ家で休ませてくれ」と病院の検査も詳しい報告も拒んでいた。
私とてやっとの思いで帰還した彼を苦しめたくはないが、一つの疑問も残らないように真実を明らかにしなければ、遺族も世間も納得しない。
よって私はやや強引に、実家へ戻っていた彼に会いに行った。
体調不良は調査を逃れる言い訳ではないようで、彼は死人のような顔色だった。
「詳しい経緯を話せって……前回言ったとおりですよ。船長が突然おかしくなって乗員たちは仲間割れ。宇宙船は船長派に爆破されて、俺だけがなんとか脱出した。あの船で起こったことは、それで全てです」
「あなたの証言が本当なら船長がおかしくなった原因があるはずです。それに船長がおかしくなったなら、なぜその指示に従う乗員がいたのですか?」
仮に船長がなんらかの理由でおかしくなったとしても、普通なら他の乗員が止めるだろう。特に自分たちの生死に関わることなのだから、大人しく従うはずがない。
私の指摘に生還者は、
「そ、それは……」
と追い詰められた表情をすると、急にゴホゴホと咳き込んだ。
「だ、大丈夫ですか?」
咄嗟に背中をさすろうと近寄ると、彼は胃の中身を全て出したのではないかと思うほど激しく嘔吐した。
そのただ事ではない物音に、すぐに彼の老いた母親も駆けつける。私はやや動転しつつも、急いで救急車を呼んだ。
死にゆく息子を繋ぎ止めようと、母親は彼の手を取り必死に呼びかける。
母親も体調が悪いのか、それとも酷く泣いているせいか、言葉の合間に少し咳をしていた。
「ゴ、ゴメン、おふくろ……。俺はどうしても、地球に帰りたかったんだ……」
息子は泣きながら呟くと「迷惑をかけてすまない……」と重ねて謝罪し事切れた。
……私は正直、悪いのは船長じゃなく彼なのではないかと疑っていた。
彼は何か船内でトラブルを起こし、それを揉み消すために宇宙船を爆破して、自分だけ戻ってきたのではないかと。
だから体調不良も調査を拒むための嘘だと決めつけ、強引に訪ねてしまった。
その私の邪推が、彼の命を縮めてしまったのかもしれない……。
とにかく唯一の生存者が死亡したことで、事件は迷宮入りとなった。
それから数日後。
書斎で仕事中の私に、コーヒーを淹れて来てくれた妻が心配そうに問う。
「あなた最近、咳が酷いけど大丈夫?」
「仕事で色々とあったせいだろう。心配かけてすまない」
「……あの人が亡くなったのは、あなたのせいじゃないわ。あまり気を落とさないでね」
去り際、妻も軽く咳き込んでいた。私の咳がうつったのだろうか?
ともかく唯一の生還者は亡くなってしまったのだから、あの事件についてはこれで終わり。
私もそろそろ頭を切り替えないとな。
けれど、それから間もなく私は思いもよらない形で、あの事件の真相を知った。
決して判断を間違えないはずの船長がくだした不可解な指示と、私の目の前で亡くなった彼が最後に残した謝罪の意味を。
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■ 解説■
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爆破された宇宙船からの唯一の生還者は酷く咳き込み、最後に激しく嘔吐して亡くなった。
彼の母も少し咳をしていたが、その場に居合わせた語り手も咳き込むようになり、その咳はどうやら同じ家で暮らす妻にもうつっている。
これは明らかに生還者からうつされたものであり、宇宙船の乗員たちが対立した理由である。
彼らは宇宙で未知のウイルスに感染してしまった。
それは地球に持ち帰れば、大規模感染を起こし大量の死者を出しかねない恐ろしいウイルスだった。
それゆえ船長は苦渋の決断で「ここで被害を食い止めよう」と乗員たちを説得した。
船長派は自決する前に、このことを本部に報告するつもりだったが、帰還派が通信機を破壊。
帰還派は自分たちがウイルスに感染したことを隠して、地球に戻ろうとした。さらにその口封じとして船長派を襲い、殺し合いに発展。
生還者だけが感染を隠して地球に戻った。
語り手はこの真実を、自分が彼と同じ死に方をしたことで知った。
そして彼が持ち帰った未知のウイルスによる犠牲者が、自分たち数名に留まらないだろうことも。




