また会えるおまじない|最後に俺が失ったもの
付き合って一年になる彼女と、そろそろ本気で別れたい。
俺は社会人で彼女は女子大生。
彼女はアイドル並みに可愛くて、一流大学に現役合格するほど頭もいい。
大学では薬学を勉強しており、すでに大手製薬会社への内定も出ているという。
人当たりがいい以外に取り柄のない俺には、もったいないくらいの子だ。
可愛くて賢くて愛嬌もあるなんて完璧じゃんと出会った頃はメロメロだった。
しかし彼女には、俺をうんざりさせる悪癖があった。
「明日もちょっとでいいから会おうね。じゃなきゃ死んじゃうから」
毎回ではないのだが、たまに連日会いたがる時があり『会わなきゃ死ぬ』と言ってくる。
まだ学生の彼女と違って俺は会社員。どうしたって仕事を優先しなければならないのに、こちらの都合を無視して『会わなきゃ死ぬ』なんて強要されるのはキツイ。
いちおう「明日はこういう予定だから、どうしても会えない」と説明したこともあった。
けれど彼女は、
「でも、どんなに忙しくても三十分くらいなら時間を作れるよね? 私があなたの近くまで行くから、ちょっとだけ抜けてきてよ」
と絶対に会うことを譲らない。
こんな可愛い子が、そこまで俺に執着してくれるなんてラッキー。とでも思えればよかったが、いい加減しんどくなってきた。
『また会えるおまじない』とか言って、オリジナルブレンドのお茶を飲まされるのも儀式めいていて嫌だし。
でもしょっちゅう「会わなきゃ死ぬ」と言ってくる彼女のことだ。
俺にフラれたら病んで、それこそ死ぬんじゃないかと怖くて、なかなか別れを切り出せずにいた。
ところが友人に相談したところ――
「つっても本当は嫌なのに、ダラダラ付き合っているほうがよくないんじゃないか? だいたい執着っていうのは時間が経つほど強くなるもんだし、いつかは別れたいと思っているなら、なるべく早いほうがいいんじゃね?」
「でも相手が死んだり大事になったりしないかな?」
心配する俺に、友人は半目で笑って言う。
「相手は高学歴の美人女子大生なんだろ? 平凡リーマンのお前にフラれたところで、何を絶望することがあるんだよ」
確かに俺にフラれたくらいで命を捨てるには、才色兼備の彼女の人生は希望に満ち溢れすぎている。
友人の助言に納得した俺は後日、彼女に会って別れを告げた。
やはり「別れるくらいなら死んでやる!」などと逆上されないかと冷や冷やしたが、
「……そっか。すごく残念だけど、もう好きじゃないなら仕方ないね」
と彼女は悲しそうにしつつも、意外と静かに別れを受け入れた。
「わ、別れてくれるの?」
「私だって自分を愛していない人と、無理やり付き合っても楽しくないよ」
儚い微笑みに胸が痛んで「ゴメン」と謝ると、彼女は首を振って返す。
「ううん、いいの。ただ最後にお願いを聞いてくれる?」
「お願いって?」
「今日もあのお茶を持って来たから最後に飲んでくれる?」
そう言いながら手提げカバンから、いつもの小さな水筒を取り出した。
「でもこれって、また会うためのおまじないなんじゃ」
別れ話をしているのに、もしかして通じてないのかと戸惑う俺に、彼女はこう説明する。
「別れの時に飲むのが『また会えるおまじない』のお茶で、再会の時に飲むのが『また会えたね』のお茶。『また会えるおまじない』のお茶を飲んでから三十時間以内に『また会えたね』のお茶を飲まなければ、逆に二度と会えなくなるからちょうどいいかなって」
確かに彼女が飲ませてくるお茶は二種類あった。
でも再会のお茶を飲まなきゃ二度と会えなくなるというのは初耳だ。
だからお茶を飲ませた翌日は、絶対に会おうとしていたのか。
理由は分かったけど、そんなおまじないをこっちにまで強要されるのはやはり面倒だ。
けれど今回はこのお茶を飲めば、彼女は納得して別れてくれるらしい。
特に断る理由がないので、
「分かった。じゃあ、これで最後にしよう」
と『また会えるおまじない』のお茶を飲んだ。
しかしお茶を飲み終わり立ち去ろうとする俺に、彼女は遠慮がちにこう言う。
「もし気が変わったら『また会えるおまじない』が切れる前に連絡してね」
「ゴメン。これで多分、本当にさよならだと思う」
「そっか。じゃあ、永遠にさよなら」
最後は「会わなきゃ死ぬ」とは言わず、手を振って見送ってくれた。
多分あのお茶のせいだろう。俺は本当に二度と彼女に会えなくなった。
もし『また会えるのおまじない』が切れる前に彼女に連絡していたら、俺は大切なものを失わずに済んだのかもしれない。
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■ 解説■
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『また会えるおまじない』だとオリジナルブレンドのお茶を飲ませてくる彼女。
その翌日に「会わなきゃ死ぬ」と言って無理やり語り手と会っては、今度は『また会えたね』のお茶を飲ませる。
実はこの「会わなきゃ死ぬ」は彼女自身のことではない。
語り手に対して「明日また自分に会って、お茶を飲まないと死ぬ」という意味だった。
つまり彼女は、別れ際に毒入りのお茶を飲ませて、再会時に解毒薬入りのお茶を飲ませていたのだ。
自分と会う約束を相手が破ったら、そのまま死んでしまうように。
別れの時も彼女は語り手に毒入りのお茶を飲ませている。
その上で「もし気が変わったら、おまじないの期限が切れる前に連絡して」と、密かに助かるチャンスを与えていた。
しかし何も知らない語り手は、二度と彼女のもとには戻らなかった。
最後に語り手が失って後悔した『大切なもの』は、彼女ではなく自分の命。




