いつかあなたの最愛に|不倫の代償に夫が失ったもの
私の夫はどうやら不倫しているらしい。
彼は鼻が悪いので気付かないようだが、夜遅く帰ってくる時は必ずシャツから、いつもと違うシャンプーや女ものの香水の香りがする。
恐らくホテルか相手の部屋で、シャワーを浴びたせいだろう。
夫の車にピアスが片方だけ落ちていたこともあった。他にも私に隠れてコソコソ連絡を取っている様子から不倫は明らかだった。
ちなみに夫の浮気性は、今に始まったことではない。夫は生粋の女好きで移り気だった。
それでも私が妊娠したら、少しも迷わずに「じゃあ、結婚するか」と言ってくれた。
子育てにも協力的で、娘が生まれてから小学校に上がるまでは家庭に集中してくれていた。
その後、息子も生まれたが、子どもたちのことは大切に思っているようで、あの子たちとの約束を破ったことはないし、誕生日やクリスマスは家族と過ごしてくれる。
けれど大切な日は家族を優先してくれるなら、不倫をしてもいいとは思えない。
夫を愛しているからこそ私だけを見てくれないことが憎くて、罰を与えずにはいられなくなった。
そこで私は復讐の方法を探し始めた。もともとスピリチュアルが好きなので、それ系の情報を集めていると呪術師の存在を知った。
彼らは呪術によって人を破滅させたり殺したりできるらしい。
私は呪術師に、夫を呪ってもらうことにした。
私から経緯を聞いた呪術師は、難しい顔で問い返す。
「それで、ご主人を呪殺したいと? 失礼ですが奥様は現在、専業主婦とのこと。ご主人が亡くなったら生活に困るのでは?」
「いいえ、私が生活に困ることはありません。あなたに呪殺していただきたいのは夫ではありませんから」
「では不倫相手を?」
「いえ、夫が最も愛する女性を殺して欲しいのです」
私の要求に、呪術師は目を見開いて驚く。
「ご主人が最も愛する女性を? ですが、その頼み方では奥様が亡くなる可能性もありますよ」
「それならそれで構いません。私は浮気性のあの人にも、かけがえのない存在というものがあるなら、それをいちばん大事にせず、平気で裏切っていたことへの罰を与えたいんです」
その結果として私が死ぬなら、むしろ本望だ。
これからも当たり前に傍にいる存在として蔑ろにされ続けるくらいなら、いっそ二度と会えない最愛の女性として夫の消えない傷になりたい。
「……分かりました。しかし奥様が亡くなる可能性もありますから、料金は先払いでよろしいですか? またこの呪いの結果、誰が亡くなり、どんな不都合が起ころうと、ご主人の最愛の女性を殺すと決めたのは奥様ですから、こちらは責任を取れませんよ」
「それで構いません」
契約書にサインすると料金を支払った。
もし詐欺だったらと不安だったが、それからほどなくして、呪術師に頼んだとおりに夫の最愛の女性が命を落とした。
それを知った夫の激しい慟哭を目の当たりにして「いつも飄々としていたこの人にも、これほど強く深い愛情があったのだ」と思った。
残念ながら夫の最愛は私ではなかった。
でも私は、この結果に大いに満足している。
とても間がいいことに、その死はどうやら夫が不倫相手と会っている時に起きたのだ。
だから夫は大事な時に不倫していた自分を酷く責めている。
恐らくこの強烈なトラウマが、二度と夫に裏切りを許さないだろう。
私にとっても決して小さくはない代償だったが、最愛の女性を亡くして深く傷ついた夫を見たら、この人の心にも清く柔らかな部分があるのだと分かり、心底愛おしくなった。
だから大丈夫。あなたが立ち直るまで、私が支えてあげる。
そしていつかこの悲しみを乗り越えた時は、同じ痛みを分かち合える私が、あなたの最愛になっているだろう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 解説■
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
呪術師に『夫の最愛の女性を殺して』と頼んだ語り手。
その依頼どおり、夫の最愛の女性は亡くなった。
しかしそれは語り手ではなかった。どうやら不倫中に亡くなったことを考えれば、不倫相手でもない。
そして、その人物の死について語り手は、
『私にとっても小さくはない代償だった』
『同じ痛みを分かち合える私が』
などと語っている。
つまり夫の最愛の女性は、語り手にとっても大切な相手だった。
作中に登場していて、夫が妻や不倫相手よりも愛している可能性のある人物。それは彼らの娘である。
語り手は自分のせいで娘が死んだにもかかわらず、この悲劇が夫婦の絆を強くしてくれるはずだと、むしろ喜んでいる。




