違法スペア・前編|殺されたのはどっち?
それは昼休みの教室でのこと。
俺は中学から高校までずっとつるんでいる親友から、急にこんな話題を振られた。
「もしかしたら俺のスペアがいるかもしれない」
「スペアって……死んだ家族やペットの代わりに作られるクローンのことだよな? 本人が生きている場合は作れないんじゃなかった?」
確かスペアを作るには政府の許可が必要で、その審査も相当厳しいと聞いた。
けれど俺の疑問に、親友はこう答える。
「そうだよ。だから政府の許可なく勝手に自分のスペアを作られたかもってこと。違法スペアと言って、今問題になっているんだって」
発端は隣のクラスのヤツから「この間イタイ格好をしたおばさんと腕を組んで歩いてなかった? ママ活でもしてんのかよ~」と冷やかされたこと。
しかし親友には全く心当たりがなかったそうだ。
「まぁ、俺のそっくりさんがいるなんて聞くのは初めてだから、他人の空似の可能性もあるんだけど。こんな時代だし、もし違法スペアだったら怖いなって」
ちなみに親友は抜群に顔がいい。なんで俺の友達やってんだってくらい一軍のオーラを漂わせている。
他校からも女子が見に来るくらいだし、その延長でヤバい女にクローンを作られた可能性もなくはない。
「確かに勝手に自分のクローンを作られていたら気持ち悪いよな。一応警察に相談してみたら?」
ところが俺の勧めを、親友は「いや」と断る。
「たった一度の目撃証言で『俺のスペアが作られたかもしれないんです』なんて警察に行くのは、だいぶ自意識過剰だろ。ちょっと気になっただけだから聞き流してくれ」
「お前がいいなら、いいけど」
話が途切れたところで、
「何~? なんの話~?」
とクラスの女子が明るく声をかけてきた。
「別に~。ただの世間話」
親友は顔だけはニッコリと相手を突き放した。
コイツ、俺にはメチャクチャおどけるくせに、他のヤツとはあんま話さないんだよな。
そこがまた女子にはクールで格好いいと騒がれるポイントなのだが。
「ただの世間話なら教えてくれてもいいじゃん。ねぇ、あなたの親友ってケチだと思わない?」
なんかこの子は最近よく俺たちに寄って来ては、親友に冷たくあしらわれて、俺に絡んでくる。
恐らく親友に気があるのだろうが、彼女どころか女友達すらいない俺に気の利いたフォローを求めないで欲しい。
この時もいつもどおり「ああ」とか「うん」とかしか返せなかった。
ともかく違法スペアの話は、これで終わりかと思っていた。
数日後。親友が自宅で違法スペアに刺されたというニュースを見るまでは。
もう夜だったけど、ニュースを見てすぐに俺は親友に連絡した。アイツの携帯は今、親が預かっているみたいで、
「命に別状はないから心配しないで。今日はもう遅いから、よければまた改めてお見舞いに来てね」
と入院した病院を教えてもらった。
翌日。俺は学校をサボってアイツの見舞いに行った。
「腹を刺されたって聞いたけど、大丈夫なのか?」
「そんな青い顔しなくても。刺されたのは脇腹で、内臓は無傷だから平気だって」
「内臓が無事なら平気って、いつからそんな戦士みたいな思考になったんだよ。一般人が包丁で脇腹を刺されるなんて大事件だからな」
いや、もしかしたら戦士で合っているのかもな。コイツは脇腹を刺された後、包丁を奪って逆に犯人を殺したらしいし。
ちなみに違法スペアには人権がないので、正当防衛など論じるまでもなく、殺人にはならないようだ。
それから俺は改めて事件について聞こうとしたが――
「実は俺もまだ警察に詳しい話は聞いてないんだ。怪我もあるけど、いきなり殺されかけて精神的なショックも大きいだろうから、事件の話は退院してからにしましょうって」
つまり親友も自分が体験したこと以外は、ニュースで報道された内容しか知らないようだ。
ニュースによれば、親友を襲った違法スペアの動機は『本物を殺してなり替わることだった』と考えられている。
違法スペアには人権がなく、見つかれば問答無用で殺処分される決まりらしい。
だから違法スペアが生きるには、所有者の奴隷になるか、本物を殺してなり替わるしかない。
こういう事情を含めて、違法スペアが問題になっているのだと改めて知った。
「まぁ、でも俺より気の毒なのはあの子だよ。犯人の狙いは俺だったのに、偶然居合わせたせいで殺されるなんてさ」
親友の言う『あの子』とは、最近妙に俺たちに絡んで来ていたクラスの女子だ。
親友が自宅で襲われた時、なぜかあの子も一緒にいて、目撃者を消そうとしたのか殺されてしまったらしい。
「そう言えば、なんであの子はお前の家に? もしかして俺に内緒で付き合っていた?」
親友はあの子に素っ気なかったが、事件が起きたのは夜の七時頃らしいし、そういう関係だとしか思えない。
ところが親友の答えはこうだった。
「違うよ。あの子が好きだったのは俺じゃなくて、お前。仲を取り持って欲しいって前から頼まれていてさ。『じゃあ、アイツの好きな漫画を貸してやるから取りに来たら?』って家に呼んだんだ」
あの子が俺を好きだった? 俺には、あの子はコイツを好きだったように見えたけど。
仮にそれが事実だとして、親友はいつもあの子に素っ気なかった。それが急に『漫画を貸してやるから家に来い』なんて話になるか?
今まで普通に話していたけど、コイツは本当に俺の知っている親友なのか?
違法スペアは本物に返り討ちにされて死んだ。でも、もし本当は逆だったら……。
にわかに疑念が湧いて思わず黙り込む俺に、親友が首を傾げる。
「急に黙って、どうした? あの子が死んでショック?」
「いや、まぁ、それもあるけど……」
まさか『お前、本物だよな?』なんて直球で聞けるはずがない。
単に相手が気分を害するかもというのもあるが、もし目の前のコイツが親友じゃなくスペアだったら、それを指摘した俺の身が危ないかも。
しかし一度生まれた疑念を放置できず、俺はこんな手段に出た。
「俺はお前が無事ならいいよ。やっと両想いになれたのに、死に別れなんて辛すぎるし」
「えっ? 両想いって何が?」
キョトンとする親友の手を、俺は意味深に取って続ける。
「忘れたのか? 俺たち皆に内緒で付き合うことにしただろ? 前に俺から告白してさ」
本物なら『男同士で付き合っていた』なんて気持ち悪いジョークに乗るはずがない。
逆に偽者なら気持ち悪いと思っても、本物のフリをしようと話を合わせるだろう。
頼むから「いきなり何を言ってんだ?」って拒絶してくれ。
ところが親友の反応は、
「……忘れるわけないだろ」
掠れた声に、バッと相手の顔を見る。
親友は見たことのないような真剣な顔で、俺の手を強く握り返すと、
「俺だって、ずっとお前が好きだったんだから。やっと手に入ったのに手放すはずがない」
コイツは誰だ。




