鏡の世界からの脱出|決め手は俺の名推理
深夜に全身が映る大きさの鏡で合わせ鏡をすると、鏡の世界に入れるらしい。
オカルト好きの大学生である俺と彼女は、その噂を検証するために、経営不振で閉園になった遊園地に忍び込んだ。
目当ては鏡の迷宮。ここなら大きな鏡がいくらでもあるし、雰囲気もある。
ところが合わせ鏡に映る自分たちを見ていたら、急に意識が遠くなって気を失ってしまった。
「ねぇ、起きて」
倒れていた俺の肩を揺すって起こした彼女は、不安そうに訴える。
「私たち鏡の中に入っちゃったみたいなの!」
「は? 嘘だろ。別にさっきと何も変わらないし」
「こっちに来て」
彼女は俺の手を引いて一旦、鏡の迷宮から出た。
辺りを見た俺はすぐに違和感に気付く。
「看板の文字が反対になっている……?」
「それだけじゃなくて、建物の位置も逆になっているみたい」
どうやら鏡の世界は何もかも反転しているようだ。
「じゃあ、俺たちマジで鏡の中に入っちまったのか? 出る方法は?」
「それは大丈夫。入ってきたのと同じ合わせ鏡に、また映ればいいだけだから」
「入ってきたのと同じ鏡って! どの鏡から入ったなんて覚えてねぇよ!」
頭を抱える俺に、彼女はカバンに入っていたポーチから口紅を取り出す。
「任せて! 私が口紅で目印をつけておいた!」
「偉い! 超賢い!」
頭を撫でると、彼女は「えへへ」と笑った。可愛い。絶対一緒に生きて帰ろうな。
「でも、この世界にはもう一人の私たちがいて、入れ替わりを狙っているんだって。元の世界に戻れるのはどちらか一人だけだから、偽者には気を付けようね」
「じゃあ、偽者と会わないうちに、さっさと帰ろうぜ」
やがて俺たちは、彼女が口紅で目印をつけた鏡を見つけた。
しかし二人で映ろうとした時、後ろから声がかかる。
「待って! その子は私じゃない! 私が本物よ!」
「君が本物って……この子はずっと俺と一緒だったんだぞ?」
しかし俺の言葉に、彼女の姿をした何かは厳しい表情で問う。
「本当にそう? 私は気絶から目覚めたら、あなたとはぐれていた。あなただって気絶していたんじゃないの?」
確かに俺は気絶していた。この子の言うとおり、その間に入れ替わっていた可能性もあるのか?
「騙されないで! その子がさっき言った偽者よ! あなたを騙して、自分が一緒に向こうへ行こうとしているの!」
「い、いったいどうやって見分ければ……はっ、そうか!」
あることに気付いた俺は、今まで同行していたほうの彼女の手を引いて合わせ鏡に姿を映した。
「なんで!? どうして、その子を選ぶの!?」
偽者の悲痛な叫びを最後に、俺たちは元の世界に戻った。
選ばれたほうの彼女は、鏡の前で目を丸くして尋ねる。
「どうして私を選んでくれたの?」
「服だよ。鏡の世界のものは全て反転している。アイツは上着の合わせが逆になっていたんだ」
「すごい! 名探偵!」
笑ったのも束の間、彼女は急に「キャアッ!?」と背後に引っ張られた。
見ると鏡から偽者の手が突き出して、彼女を引っ張り込もうとしていた。
「合わせ鏡になっている間は、こっちに繋がっているみたい!」
「どうすりゃいい!?」
「鏡を割って! 入口を壊せば二度と出て来られない!」
俺は彼女の指示どおり、近くに落ちていた瓦礫で鏡をぶっ壊した。
後日、大学の食堂。
「昨日はマジでヤバかったな~」
「ねっ、もう帰れないかと思った~」
昼食を食べながら彼女と話していると、ふとあることに気付く。
「あれ? 君って左利きじゃなかったっけ?」
「ああ、左利きって色々と不便だから、前から練習していたの」
彼女は「けっこう上手でしょ?」と右手で器用に箸を開いたり閉じたりした。
「でも文字を書いたり打ったりはまだ難しくてさ。現在修行中」
今日は妙に読み書きが遅いと思ったら、左利きから右利きに変えたせいなのか。
それにしても、この可愛い彼女を失わずに済んでよかった。
服の反転に気付いた自分の洞察力に感謝だな。
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■ 解説■
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語り手よりも先に起きて、まるでガイドのように先導する彼女。
どうして語り手は知らない帰還方法や偽者の存在を知っていたのだろうか?
それは彼女が鏡の世界の住人だから。
語り手は服の合わせが逆になっていることを根拠に偽者を選んだが、彼らはここに来た時にしばらく気絶している。
偽者は彼女を語り手から引き離すついでに、お互いの服や持ち物を取り替えたのだ。
学食で左利きから右利きに変わっていたのは反転の証拠。
箸は自在に使えるのに読み書きは遅いのは、偽者にとっては、この世界の文字が全て反転しているせい。
語り手は自分の機転によって恋人を護れたと喜んでいるが、実際は偽者に騙されて鏡を壊し、自らの手で永遠に本物の彼女を向こうの世界へ置き去りにした。




