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悪魔のテスト|死ぬのは前の契約者

 信じられない話だが、四十歳、独身、低賃金の俺のもとに悪魔がやってきた。ある代償と引き換えに、なんでも願いを叶えてくれるという。


「代償って言うと、やっぱり魂か? 死後に地獄へ落とすとか、願いを叶えた代わりに大事な人が死ぬとか」

「いや、死ぬのは前の契約者だ」


 それの何が困るのか分からず、俺は一瞬キョトンとした。


 いや、誰が相手だろうと死なせていいはずはないんだけど。


 ……なんていうのは建前で、その死のせいで自分が責められるおそれがないなら、赤の他人の命なんて正直どうでもよくないか?


「……それが俺の知り合いだったり、死んだら困るような人だったり?」

「いや、お前とは全く無関係の人物だ。その人物の死が社会に大きな悪影響を及ぼすこともない」

「じゃあ、俺がこの契約によって死ぬことは絶対にないんだな?」

「ああ。この契約によって死ぬのはお前じゃないと保証しよう」


 契約について気になる点を確認し終えた俺は、すぐに話に食いついた。


「じゃあ、やる! 俺を絶世の色男にしてくれ! 女が自分から抱かれたがって、ヒモとして喜んで養うくらい!」


 仕事も家事もせず美女に養われて遊んで暮らすのが俺の長年の夢だった。


 このままの容姿では見苦しいだろうが、絶世の色男ならいくらか格好がつくだろう。


 なんでも願いを叶えると言われたからって、流石に望み過ぎかと思いきや、悪魔は愉快そうに笑いながら、こう申し出る。


「それだけでいいのか? せっかくなら二十歳ほど若返ったほうが、よりお前の希望に沿うと思うがな」

「あっ、じゃあ、ついでに、どんだけ不摂生しても美貌が保たれるようにして欲しいんだけど」


 さらに図々しく願うも、悪魔は「お安い御用だ」と快諾した。


 こうして俺は決して崩れることのない完璧な美貌を持つ二十歳の若者になった。


 ちなみに悪魔の手厚いフォローのおかげで、周囲はこれが俺の元々の状態だと認識している。


 思ったとおりイケメン効果は絶大で、黙っていても勝手に女が寄ってきては、あれこれタダで世話を焼き、なんでも貢いでくれる。


 しかし願いの結果には満足なのだが、後になって他人とはいえ、自分のために前の契約者を死なせたことが気になってきた。


 他の人間なら赤の他人でも、自分の願いのために人が死ぬなんてダメだと悪魔の誘惑を拒めたのだろうか?


 俺は自分が特別非情ではないと確認したくて、もしかしたら他にも悪魔の力で願いを叶えた人間がいないかとネットで調べてみた。


 すると『ある条件と引き換えに悪魔の力で願いが叶った』という書き込みがいくつか見つかった。


 この情報だけでは曖昧だけど、俺のところにきた悪魔と風貌が一致するものは恐らく本物だ。


 悪魔は手広く声をかけているようで、日本だけではなく色んな国の人がいた。


『ある条件』について質問する者もいたが、それについての返信はなかった。


 やっぱり赤の他人とはいえ、人の命を犠牲にして願いを叶えたとは言えないよな。


 俺なんか悪魔と取り引きしたというだけで人に話すのは後ろめたくて、匿名でも書けそうにないし。


『赤信号みんなで渡れば怖くない』と言うけど、悪魔と契約したのが俺だけじゃなくて安心した。


 逆に俺だけ馬鹿正直に断って、人生逆転のチャンスをふいにしなくて良かったなと、満足とともにブラウザを閉じた。




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■ 解説■

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 語り手は『願いを叶える代わりに、前の契約者が死ぬ』という条件で悪魔と契約した。


 実はこの文言だけで、前の契約者が存在するなら、悪魔にとって、この誘いが初めてではないと推測できる。


 実際に話の終盤でも、ネットで自分と同様の契約をした人たちの書き込みが見つかった。


 それにもかかわらず語り手は最後まで気付かなかった。悪魔が今後も同様の誘いを続けるなら、次は自分が『前の契約者』になることを。


 語り手は「この契約によって自分が死ぬことは絶対にないのか?」と確認したが、語り手の命を奪うのは次の契約者なので「違う」と答えても嘘にはならない。


 これからテストされる人間たちに『悪魔の誘いは取りあえず断る慎重さ』か『罠を見抜く知性』か『赤の他人の命でも惜しむ優しさ』のどれか一つでもあれば、語り手の余命はいくらか伸びるだろう。


 けれど世の中、そういう人間ばかりではないと、語り手自身が証明している。

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