↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/58

冴えない俺の可愛い妻子|最愛の娘が死んだ理由

 誕生以来ずっとパッとしなかった俺の人生が、三十二歳の今、怒涛の急展開を見せている。


 同じ会社で気になっていた二十五歳の女の子から突然アプローチされて、初デートでまさかのベッドイン。


 そのたった一度の行為で、なんと彼女が身ごもってしまったのだ。


「えっ? でも、ちゃんと避妊したよね?」


 色恋とは無縁だった自分が女の子を妊娠させてしまうなんて夢にも思わず、俺は反射的に否定してしまった。


「そうですけど、コンドームで避妊できる確率は絶対ではないですから」


 彼女の言うとおり、後で調べたところコンドームは正しく装着しないと避妊できる確率が低下するらしい。


 じゃあ、正しく着けられた自信ないよ! 俺はあれが初めてだったんだから!


 混乱する俺を、彼女は不安そうに見上げて問う。


「……赤ちゃんができて残念ですか? おろして欲しいですか?」

「う、産みたいの? まだ付き合い始めたばかりなのに?」


 まだ付き合い始めて二週間ちょっとだ。生涯の伴侶を決めるには、ものすごく早すぎる。


「私そもそも結婚したいと思える人としか、あんなことしません。でも佐藤さんはそこまで考えていませんでしたか?」

「そ、そんなことないよ! 君みたいに可愛い子と結婚できたら幸せだなって、ずっと思っていた!」

「じゃあ……」


 期待した目で俺を見る彼女に、意を決してプロポーズする。


「君がいいなら俺も構わないよ。結婚しよう」

「嬉しい」


 彼女は噛みしめるように言うと、俺に抱き着いてこう続ける。


「私たとえ相手に捨てられても、せっかく授かった命を殺しちゃうのは可哀想で、どうしても産みたかったんです。だから佐藤さんが受け入れてくれて良かった」

「う、うん。俺も嬉しいよ」


 それから俺たちは急いで両家の顔合わせを済ませて、婚姻届けを出した。


 父親として俺も産婦人科に付き添ったほうがいいんじゃないかと思ったが、


「お腹の子は私に任せて。私が働けなくなる分、あなたはお仕事をがんばって」


 と出産に関わる全てを彼女は一人でがんばった。


 見た目はふんわりしているのに、すごくしっかり者だ。


 けれど一人でがんばりすぎたせいか、肝心の子どもは予定日よりも一カ月半も早く生まれてしまった。


 体が十分に成長し切る前に生まれてしまったんじゃないかと、俺は我が子の健康がものすごく心配だったが、


「よ、良かった。赤ちゃんの体重、平均と変わらないみたいで」


 ふたを開けてみれば、元気な赤ちゃんが生まれた。


 それも残念な顔立ちの俺とは違って、パッチリ二重で目鼻立ちの整った可愛い女の子である。


「ああ、もうダメだ。可愛すぎる。絶対に嫁には出さない」


 早くも娘にメロメロな俺に、妻は「気が早すぎるよ」と苦笑いする。


 しかしすぐに優しく頬を緩めて感謝を告げる。


「でも可愛がってくれて嬉しい。この子のパパになってくれて、ありがとう」


 こんな可愛い妻子を持たせてくれて、俺こそありがとうだ。


 二人とも俺にはもったいないような家族だ。自分なんかよりもずっと、一生大事にしよう。


 ……ところが、そう誓った三年後に娘が亡くなった。


 季節は夏。妻によれば、自宅の風呂に浅く水を溜めてプール代わりにして遊ばせていたところ、少し目を離した隙に溺れてしまったらしい。


 水深は三歳の娘が座った時に、お腹まで浸かる程度。


 けれど幼児は頭が重くバランスが取りにくいせいで、五センチくらいの水深でも溺れることがあるという。


 泣きながら娘の死を知らせる妻に「なんで目を離したんだ!?」と一瞬責めそうになる。


 けれど俺は、その気持ちをグッと堪えて妻を気遣った。


「俺もショックだけど、あんまり自分を責めちゃダメだ。お腹の子に悪影響だよ」


 妻は今、新しい命を宿している。


 あの子の命を惜しむなら、せめて同じ過ちを繰り返さないようにしなければ。幸い妻は俺の励ましを素直に受け入れて、心を病むことはしなかった。


 秋には無事に二人目の子どもが誕生した。今度は赤ん坊の頃の俺にそっくりの男の子が。


 どう足掻いてもここからイケメンに育つことは無理そうで本人には気の毒だが、親としては自分似の子どもはとても可愛い。


 ただ妻は残念かもなと謝る。


「ゴメン。俺の遺伝子が強すぎたみたいだ」

「ううん、あなた似の赤ちゃんで嬉しい。今度はあなた似だといいなって、ずっと願っていたから」


 妻はそう言うと、心底愛しそうに息子を抱き締めた。


 一人目の子の時よりも心を許してくれたのか、今回は通院や出産にも付き添わせてくれた。


 夫として頼ってくれるようになって、とても嬉しい。


 今度こそ決して失わないように、この子を大切に育てよう。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ 解説■

━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 これまで縁がなかった魅力的な女性からの急なアプローチ。


 初デートでベッドインして、すぐさま妊娠。


 交際して二週間なのに結婚したいという彼女。


 上記は明らかに托卵(夫に内緒で他の男性の子を産み実子として育てさせること)の文脈である。


 出産に関わる全てを一人でこなしたのは、医者や看護師と会わせることで、夫に本当の受精日を知られないようにするため。


 予定日よりも一カ月半早い出産だったにもかかわらず平均体重だったのは、実はもともと早産ではなかったから。


 ところが三年後に娘は亡くなる。これも偶然の出来事ではない。


 妻は托卵のために選んだ夫(語り手)を本当に愛するようになり、今度こそ彼の子どもを妊娠した。


 だから妻は事故に見せかけて娘を殺した。托卵の生きた証拠である娘を消して、今の幸せを確かなものにするために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。