今夜はご馳走!|ただしお父さんの分は無し
今日はすごく珍しいことがあった。
誰かの誕生日やクリスマスでもないのに、夕飯が牛ステーキだったのだ。
それも外国産じゃなくて国産の高級牛肉。
中一の私と小五の妹は、テレビでしか見たことのない分厚い牛ステーキに大興奮した。
「何々、今日なんかの記念日!?」
「宝くじでも当たったの!?」
私と妹の質問に、母は穏やかな微笑みで答える。
「臨時収入とかじゃないけど、今日はいいことがあったから」
「いいことって?」
「ぬか喜びさせちゃ悪いから、結果が分かってから言うわね」
よく分からないけど、母にいいことがあったなら良かった。
うちは父がとんでもない暴君で、母はしょっちゅう怒鳴られている。
手こそあげないものの、自分の意見が通らないと「殴られたいのか?」「殺されたいのか?」と、ものすごい剣幕で脅すのだ。
あと地味に大変なのは、気分次第で夕食をいるとかいらないとか言うこと。
うちは父が給料の半分しか母に渡さないみたいで、あんまりお金がない。
だから母は以前、
「食事が余ったらもったいないから、夕飯がいらない日は早めに連絡するか、いっそ私たちとは別にして自分で用意してくれない?」
と頼んだ。
単に職場の人や友だちと外食するならまだしも「今日はそういう気分だから」とファーストフードやカップ麺を買ってくる日もあるので。
けれど母の提案に父は、
「旦那の飯を用意するのが妻の役目だろ! 余ったら捨てるかお前が食えばいいだけなのに、仕事で疲れている俺に面倒臭いことを頼むんじゃねぇ!」
と、こっちが引くくらい怒った。
私が見るに父は自分より弱い者にはとことん強く出るタイプ。要するにクソだ。
父は娘の私たちにも愛情などなく、ちょっとでも口答えしようものならハチャメチャにキレ散らかすので、怖くて母を庇うこともできない。
そんな家庭環境なので珍しく高級ステーキを買っちゃうくらい、母にいいことがあったなら私も嬉しい。
高級ステーキを堪能した後、私と妹はこんな話をした。
「ステーキ、メチャクチャ美味しかったね」
「今日はお父さん、夕飯いらない日だといいな。そうしたら、お父さんの分のステーキ、私たちが食べられるかも」
私も妹と同じ気持ちだが、きっと現実はこうである。
「アイツはがめついから、あれだけいい肉ならきっと無理しても食べるよ」
むしろ「こっちの都合も考えずに、勝手に高いもん買ってんじゃねぇ!」とか、母が怒られないか心配だ。
父は自分は好き勝手するくせに、母や私たちの自由は一切認めない人なので。
けれど、母が父に怒られることはなかった。なぜなら父は永遠に帰らぬ人になったから。
夜の九時頃、警察から電話がきた。父が会社帰りに、トラックに轢かれて死んだと。
でもそれはただの交通事故ではなく、ドライブレコーダーには父が何者かに道路へ突き飛ばされる姿が映っていたという。
「つまりお父さんは誰かに殺されたってこと?」
「あの人、昔から自分より弱い人には横暴だったから。誰かに恨まれていたのかしら?」
母にしたようなことを他の人にもしていたなら、誰に恨まれていてもおかしくない。
「お父さん、死んじゃったって。これからうち、どうなるの?」
父の分の収入がなくなったら、これまでどおり暮らせなくなるんじゃないか?
心配する私に、お母さんは明るい笑みで告げる。
「大丈夫。実はお母さん、皆には内緒で転職活動していたの。今後は正社員としてフルタイムで働く分、皆にも家事を手伝ってもらうことになるけど、お金の心配はいらないわ」
もう採用の方向で話は決まっていて、後は契約するだけみたいだ。
「そうなんだ!」
私と妹は一気に不安が晴れた。
私たちもお手伝いが増えるけど、母一人に苦労させるなんてあり得ないし、今後は父の怒鳴り声を聞かずに済むなら、むしろ天国だ。
「そういえば、お父さんがいなくなったから、ステーキ私たちで食べられるね」
妹の無邪気に酷い発言に、私は思わず笑ってしまう。
仮にも父親が死んだのに「じゃあ、余ったステーキを食べられるね」と思っちゃうくらい私たちはアイツが嫌いだったんだな。
しかし妹の発言に母は、
「ゴメンね、実は私たちの分しか買ってなかったのよ。流石に四枚買うには高すぎたから」
と困り笑いで答えた。
けれど「え~」と残念がる私たちに母は、
「そんなに美味しかったなら、あなたたちの誕生日かクリスマスに、また食べましょう」
と約束してくれた。
大嫌いだった父もいなくなったし、これからが楽しみだな!
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■ 解説■
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身勝手かつ、ちょっとしたことでカッとなる父親に苦しめられる母子。
しかし母子にとっては幸運なことに、父親は仕事帰りに何者かに殺害された。
語り手の妹は「じゃあ、お父さんの分のステーキを私たちが食べられるね」と喜ぶが、母は夫の分は最初から用意していなかったと言う。
「自分が食べても食べなくても、夕飯は必ず用意しろ」と酷く怒っていたらしい夫の分、それもよりにもよって高級ステーキを用意しないなんてことがあるだろうか?
おかしいのはステーキだけではない。
母の転職についても家族の自由を一切許さない父が、これまでどおり家事ができなくなるだろう大きな変化を認めるはずがない。
それにもかかわらず、母がこの二つを勝手にできたのは、夫がもう帰らないことを知っていたから。
つまり夫の殺害は妻が仕組んだこと。
母が珍しく高級ステーキを買ったのは、転職ではなく横暴な夫から解放されたお祝いだった。




