殺人依頼|その狂気の計画は皆を幸せにした
男はある日、突然俺の事務所に押しかけてきた。
「いきなりすみません。お金を払うので人を殺してもらえませんか?」
どこにでもいる気弱そうな男が初対面のヤクザにいきなり『人を殺してくれ』と頼む。
一緒にいた部下は「なんだ、コイツ。ふざけてんのか」と追い払おうとしたが、俺は気まぐれにこう尋ねた。
「一応話は聞いてやる。誰をどんな理由で殺したいんだ?」
男は三十五歳のフリーターで、バイト仲間の女子大生に惚れちまったらしい。
相手が女子大生ってことは一回りは年齢が違うわけだ。
年相応のスペックと金があれば話は別だろうが、いい歳して自分と同じバイトをしているおっさんに若い女が興味を持つはずがない。
案の定、男は全く相手にされないどころか疎まれた。
最後はストーカー扱いされて、バイトもクビになったと言う。
「それで自分を振った腹いせに、その女を殺せってのか?」
「違う。僕は彼女が憎くて、こんなことを頼んでいるんじゃありません。むしろ今でも好きだから、なんとかして結ばれたいだけです」
殺せば自分のものになるとでも思っているのか?
それならせめて自分の手でやりゃいいものを、どうして他人にやらせようとする。
殺人なんて大それたことを頼む割には情けねぇ野郎だと、俺はややしらけながらも惰性で話を続ける。
「しかしバイトをクビになったんじゃ大して金もねぇだろ。俺たちに殺しをさせるとして、どうやって払うつもりだ?」
俺の質問に、男は詳しい計画と支払いの方法を話した。
それによって俺はこの男が他人任せの半端者ではなかったことを知り、一転して興味を持った。
支払いについても、その方法ならまぁまぁの額が入りそうだ。
だとしても素人の依頼で殺しなんて普通は絶対にやらない。ただこの男の計画なら、殺人がバレて逮捕されるリスクは限りなく低い。
何よりこの男の計画があまりにもイカレているので、面白そうだと思っちまった。
この狂気の犯罪劇を実際に見てみてぇ。
そこで俺はコイツの計画に、全面的に協力してやることにした。
うちは夜の店以外に飲食店も経営している。その中にはセレブ御用達の高級フレンチもあった。
そこに後日、ターゲットの女子大生がのこのことやってくる。
「あの、電話で予約した者ですけど、このチケット本当に使えるんですか?」
そのチケットとは男が「今まで迷惑をかけたお詫びに」と女に贈ったこの店の無料食事券だ。
この計画の遂行には、あるものを女に摂取させる必要がある。しかし女にとって男はストーカー。警戒している相手からのもらいものなんて、どんな高級品を装っても口にするはずがない。
だから俺がこの店を貸してやることにした。高級店の無料食事券ならそこで提供される飲食物に、普通は細工などできないから女も油断するだろうと。
そのついでに予約させれば、後はその日時に合わせて計画を実行できる。
俺が客の一人として、男の計画を見届けられているのもそのおかげだ。
テーブルに案内された女のもとに、この店自慢のフルコースが次々に運ばれる。
まだ大学生の女にとっては未知の贅沢なのだろう。
恐らくは初めてだろう高級料理の数々に、女は小声で「すごい」とはしゃいで、コッソリ写真を撮っていた。
そこに男のとんでもない狂気が仕込まれているとも知らず、女は出された料理を完食した。
もしかしたら違和感に気付くかと思ったが、一流シェフの調理のおかげだな。
女は店員に「すごく美味しかったです!」と笑顔で告げて、満足そうに帰って行った。
自分が何を食わされたかも知らずに。
これであの男の目的は無事に果たされた。
計画で出た余りのおかげで、こっちも小銭を稼げたし、なかなかいい仕事だったな。
それから半年後。キャバクラで知った顔を見かけた。
誰だったかと考えて「ああ、あの時の女子大生か」と思い出す。
どんな心境の変化か、今は夜の店で働いているようだ。
鬱陶しいストーカーが消えたせいか、元気そうだった。
女はストーカーが消えて幸せ。
男は女と一緒になれて幸せ。
俺はイカれた計画を見届けられた上に、若干懐も温まって幸せ。
終わってみりゃ全員大満足の素晴らしい計画だったなと俺は密かに笑った。
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■ 解説■
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ある男から殺人を依頼された語り手。
男の依頼を受けることにした語り手は、後日、自分の店で女子大生にフレンチのフルコースを食べさせる。
それによって男の目的は果たされたらしいが、女子大生は生きている。
では男が語り手に殺させたのは誰か?
実は男が語り手に殺させたのは自分で、目的は女子大生に食べてもらうこと。男は彼女の一部になることで結ばれようとした。
語り手に頼んだのは自殺はできても、その肉を女子大生に食べさせることは一人では不可能だから。
男の当初の計画では『高級肉』として郵送してもらうつもりだったが、ヤクザが「ストーカーだと思っている男からもらったものを、普通は食わないだろう」と助言し、高級フレンチ店で調理してもらうことになった。
語り手への支払いは計画で出た『余り』の臓器である。




