涙の目覚め|両親は娘の死を望んだ
彼女は十七歳で交通事故に遭い、長らく植物状態になっていた。
五年以内に半数が亡くなる中、彼女は驚異的な生命力で自らの命を保っている。
しかし命こそ無事なものの、植物状態は長引くほど回復の可能性が下がる。
彼女の場合だと回復は絶望的なはずだった。
けれど医学の進歩により、重度の植物状態から回復させる方法が見つかった。
普通の人なら諦めるだろう絶望的な状況で、ご両親は夫婦で支え合いながら、ずっと一人娘の回復を待っていた。
きっとご両親は、この奇跡を大いに喜ぶだろう。
しかし主治医である私が吉報を告げたところ、ご両親は喜ぶどころか「えっ」と青ざめた。
そして、その処置を受けるか少し考えさせて欲しいと言って、夫婦で支え合うようにしながら、よろよろと病室を去った。
てっきり快諾すると思ったのに、娘に起きて欲しくないのだろうか?
いや、ご両親は明確に娘の回復を願っていた。
だからこそ今日までご自分たちの生活を切り詰めながら、なんとか医療費を捻出し、目覚める保証もない娘の命を繋ぎ続けてきたのだ。
けれど私の考えとは裏腹に、後日ご両親は延命治療の継続をストップしたいと言い出した。
それはつまり娘を死なせるということ。
「なぜですか!? もう回復する見込みがないならともかく、今なら確実に目を覚ますのに! これでは殺人と変わりませんよ!?」
思わず声を荒げる私に、母親は涙混じりに言う。
「そこをどうかお願いします。私たちにはもうあの子を育てる自信がないんです」
説得も虚しく、ご夫婦は『遺骨は引き取りますから』とだけ言って病院を去った。
実の両親が娘の死を望んでいるのだから、他人にはもう何もしてやれない。
しかし延命装置のスイッチを切ろうとする手が直前で止まる。
私は亡くなった父である前の院長から、
『ご両親は多大な犠牲を払いながら我が子の目覚めを待っている。生を望む人がいる限り、医者である私たちが可能性を諦めてはいけない」
そんな志とともに、この病院と彼女の担当医を引き継いだ。
彼女の回復を願っていたご両親は直前で見放した。
しかし彼女自身はどうだ? 生きられる可能性があるなら、生きたいんじゃないか?
当時はなかった可能性が生まれるまで、絶望的な状況を耐え抜いてきたのはご両親だけではない。
せっかくここまで辿り着いたのに、直前で足を止めてしまうのは、彼女のこれまでの奇跡的ながんばりも無にすることだ。
今は天国にいる父も「ここで諦めるなら、なんのために今日まで生きたのだ」と思うだろう。
ご両親だって本心では、娘に生きていて欲しいはずだ。実際に目を覚ましたら、邪魔だなどとは思わないだろう。経済的な問題が理由なら、私が個人的に援助してもいい。
そう考えて私は法に背くことにはなるが、ご両親の意向に反して回復の処置をした。
後日。無事に目を覚ました娘が絞り出すように伝えた言葉に、ご両親は「ゴメンね」と泣き崩れた。
そんな親子の姿を見て、私の目にも涙が溢れた。
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■ 解説■
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十七歳で植物状態になった娘の回復を、ずっと待ち望んでいた両親。
しかしいざそのチャンスがきたら急に態度が変わり、娘を目覚めさせるところか、このまま死なせたいと言い出した。
けれど、それは真に娘の幸せを考えてのこと。
――五年以内に半数が亡くなる中、彼女は驚異的な生命力で自らの命を保っている。
医者が驚くほどの生命力で、彼女は長く生き過ぎたのだ。十七歳から六十歳になるまで四十三年間も。
娘が六十歳なら両親は九十歳近い高齢だ。
最近ではもう娘は目覚めないと思っていたからこそ『自分たちが死ぬまでは生きていて欲しい』と延命してきた。
けれど今、娘が目覚めるとしたら?
十七歳からいきなり六十歳の女性になるのだ。その間に得るはずだった経験や人間関係は一切ないまま。
唯一の頼りである自分たちももう長くはなく、彼女が働かずに生きていけるだけの十分な財産もない。
自分たちの死後、そんな苦境に娘を一人残していくほうが残酷だと、両親は悩んだ末に延命をやめたいと申し出た。
ところが両親よりも医者のほうが、せっかくここまで生き抜いた彼女を死なせることを嫌がった。
最後、目覚めた娘の言葉に両親が「ゴメンね」と泣いて謝ったのは、自分たちが危惧したとおりの反応だったから。




