髪が伸びる人形|誰も異常に気付かない
子どもの頃、私は赤ちゃんのお人形の世話をするのが好きだった。
そのお人形には様々な仕掛けがあって、乱暴に扱うと泣いたり、付属の哺乳瓶からミルクを飲んだりした。
私はそのお人形が大好きで、一日中だって遊んでいられた。
でも母は「高校生にもなって赤ちゃんの人形と遊んでいるなんて異常だ」と、私のお人形を勝手に捨てた。
しかし私は捨てられたお人形のことを、ずっと忘れられなかった。
そのせいだろうか?
二十五歳で結婚した私は、また赤ちゃんの人形を持つ機会に恵まれた。
最初はすごく嬉しくて、夢中でお世話していた。
今回のお人形はミルクを飲むだけでなく排泄もするので、より本物感があって面白い。
けれど、すぐに異変に気付く。人形の髪や爪が勝手に伸びていくことに。
最初は気のせいかと思ったけど、やっぱり明らかに伸びている。
勝手に伸びるのが気持ち悪くて、そのたび髪や爪を切っているせいか、夫は異常に気付いていない。
「ねぇ、この人形、勝手に髪や爪が伸びるんだけど」
そう相談してみたかったけど、私は過去に母から「異常だ」と言われたことがトラウマになっていた。
「この人形、もしかして呪われているかも」
なんて頭がおかしいと思われそうなこと、最愛の夫に話せない。
そうこうしているうちに、人形は髪や爪どころか全体が大きくなりはじめた。まるで本物の赤ちゃんみたいに。
怖くなった私はお人形を遠くに置いてきた。
もちろん夫にはわざとではなく、どこかで失くしたのだと嘘を吐いて。
人形を失くしただけなのに、夫は気が違ったように私を責めた。
そして警察に頼んでまで人形を探した。
公園のベンチに放置されていた人形を、親切にも拾って交番に届けてくれた人がいたようで、結局戻ってきてしまった。
たかが人形に夫があれほど執着しているのは、もしかして変な力で操られているのだろうか?
戻って来た人形には歯が生え始めた。
そのうちもっと大きくなって十分に成長したら、この歯で私たちを嚙み殺すかも。
この人形の異常に気付いているのは私だけ。今度こそ夫にバレないように始末しなきゃ。
パーツをバラバラにして別々の場所に捨てるのは、どうだろう?
そうしたら前回のように、落とし物として交番に届けられることはなさそうだ。
この人形は前のものと同じで、乱暴に扱うとギャアギャアと泣き喚く。
近所の人が誤解して大騒ぎにならないように、まずは人形を静かにしよう。
……やっぱりこの人形には周囲を操る力があるのかもしれない。
会社に行ったはずの夫が「お前の様子がおかしいから気になって」とあり得ない理由で早退し、人形を始末しようとしていた私を止めた。
そして夫はなんと妻である私を捨てて、
「これからはこの子と二人で生きていく。もう俺たちには関わらないでくれ」
と人形を選んだ。
おかしいのは夫だけじゃなくて周囲もだった。母にはまた「アンタは異常だ」と言われた。「一度病院に行ったほうがいい」とも。
やっぱり皆あの人形に操られているんだ。下手に逆らい続ければ、私のほうが異常者として病院行きになる。
私は我が身を護るために悔しさを堪えて、一旦周りに話を合わせた。
さらに大人しく離婚に応じて、人形に夫を渡したお陰で、精神病院行きを免れた。
けれど、それから三年後。
私は他の男性と知り合い再び恋に落ちた。前の夫より、もっと素敵な人。
彼も私と結婚したいと望んでくれている。
ただその条件として――
「この子の母親になってくれるかい?」
そう言って紹介されたのは、前のものより少し大きい女の子の人形。
どうしよう。まさかこの人も人形に狂わされていたなんて。
話を合わせて人形と家族ゴッコをするか、拒絶して一人に戻るか、私は今とても悩んでいる。
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■ 解説■
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語り手は自分こそが正常で、人形のせいで周囲がおかしくなっていると信じて疑わないが、実は異常なのは彼女の認識のほうである。
爪や髪が伸びる。体が大きくなる。歯が生える。
これらの変化は単に、その子が人形ではなく本物の赤ちゃんだから。だからこそミルクも飲むし排泄もする。
けれど語り手は『自分が世話すべき対象』を人形として捉えてしまうだけで、思考力や判断力までなくしたわけじゃない。
そのおかげで周囲の話に合わせて正常なふりもできる。
彼女の新たな恋人は、かつて我が子を呪いの人形と思い込みバラバラにしかけた女に、幼い娘を託しかけている。




