母の助言|全ては悪魔のシナリオどおり
私は昔、悪魔と契約して『一生お金に不自由しない人生』を願った。
その願いどおり、私は金持ちの老人と結婚して玉の輿に乗った。
さらに夫の死後、妻である私に全財産を譲るとの遺言によって、莫大な富と事業を引き継いだ。
悪魔は私に富を持つきっかけと、それを維持し続ける商才を与えた。これで私は一生、左うちわだ。
ただ私が願った相手は神ではなく悪魔。悪魔がタダで人を助けるわけがない。
悪魔は私に願いの代償として、やがて授かる三人の子どものうち『最も愛しい者』の命を求めた。
当時の私に子はいなかったが、それでも自分の子ども、それも最愛の子を亡くす悲しみは容易に想像できる。
それゆえ返事を渋ると、悪魔は代償を変更した。三人の子どものうち『最も愛する者』から『最も罪深き者』へと。
悪魔が人間に譲歩するなんておかしな話だが、本人が契約に同意しなければ取引自体が成立しないからと、融通を利かせてくれたそうだ。
ただ三人の子どものうち、誰が最も罪深いかは日頃の行いではなく、最後の一日の過ごし方で決めると悪魔は言った。
つまりその日の過ごし方次第では、普段どれだけいい子でも死ぬ可能性があるということ。
悪魔の予言どおり、最初の夫と死別した後。私は自分好みの美男と再婚し、三人の子どもを授かった。
二度目の結婚は残念ながら相手の不倫により五年で終わったが、子どもは全て私が引き取った。
悪魔との契約もあるが、三番目の子を産んだ後、私は子どもを産めない体になった。だから私の子どもは本当に、この三人限り。
二番目の夫のように、大金持ちになった私に近づいて来るのは金やコネクション目当ての者たちばかり。なので血の繋がった家族は金よりも貴重な宝だった。
悪魔との契約から三十年後。私は夢で悪魔に、今日がその日だと知らされた。今のうちに我が子との別れを惜しんでおけと。
私は悪魔と契約してから、ずっと我が子を護る方法について考えていた。取引したからには一人は必ず犠牲にしなければならない。
けれど、ある意味では幸いなことに、私が絶対に失いたくない子どもは、真面目で母親想いの次男だけだ。
長男と長女は別れた夫と同様、私を金づるとしか見ていない。
それでもお腹を痛めて産んだ子なので、本来なら見捨てられない相手だが、唯一私を母として素直に慕ってくれる次男への愛情には遠く及ばない。
だから私は次男にだけ、悪魔との契約であることは伏せて助言することにした。
その日が来たら知らせるから、その日一日はどんな些細な悪事もしてはいけない。逆になるべくいい行いをすれば、その分『罪深き者』という条件から遠ざかるはずだと。
次男は最初半信半疑だったが、私の本気が伝わったのだろう。もともと母親想いで聞き分けがいい子なのもあり、私の助言どおりに過ごすと誓ってくれた。
運命の日、私は子どもたちに監視をつけて行動を報告させた。
長男と長女はいつもどおり、私のお金で享楽に耽って過ごしたそうだ。次男は私の言いつけどおり、高額の寄付をしたり、仕事を休んで終日ボランティアに励んだりしたという。
何も知らずに遊んでいただけの長男長女。可能な限り善行を積んだ次男。どう考えても罪深き者として死ぬのは次男ではない。
あの日、三人の子どものうち最愛の者が死ぬという条件を受け入れなくて本当に良かった。いくらお金があったって、かけがえのない我が子が自分のせいで死んでしまったら、とても耐えられない。
悪魔を利用して富を得つつ、見事に最愛の我が子を守り抜いた自分を、私は心の中で褒め称えた。
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■ 解説■
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悪魔が語り手に代償として最初に求めたのは『三人の子どものうち最も愛しい者の死』だった。
実は契約に同意させるために言葉を変えただけで、悪魔の狙いは全く変わっていない。
一日の行いだけで善悪を判定されるなら、普段は善良な者が死ぬ可能性もある。
その状態なら人は、万一にも自分の最愛の者が死なないように思わず助言するだろう。
それにより本来は善良な次男は『他の兄弟には何も知らせず、自分だけ助かろうとする』という罪を犯した。
語り手の助言がなければ何も知らない次男は、特に罪を犯すことも他の二人のように享楽に耽ることもなく、普通の一日を過ごし『最も罪深き者』にはならなかった。
次男の死によって、自分の助言がかえって最愛の我が子を死なせたと気付いた語り手は、より深い絶望へと叩き落されるだろう。
しかしこの物語で最も罪深いのは、明らかに『富のために我が子を差し出す』契約をした語り手だ。
悪魔に願った結果、最も罪深き者に最も避けたい罰がくだる。
それが悪魔の描いたシナリオだった。




