2026年 春 6
「そう言えばこのお店って宣伝用のSNSとかやってないんですか?」
春のやわらかな西日が差し込み、着古したティーシャツの襟みたいにだらりと伸び切った雰囲気の流れていた店内で光希が唐突に言った。
ランプで働き始めてから半月ほど。居酒屋で接客業の経験のあった光希は仕事の飲み込みが早く、ランチタイム以降の客入りの悪さを心配する余裕が生まれていた。
「いちおうウィスパーのアカウントは作ってあります」
呑気にカトラリーを磨く日明が言うにはアカウントは冬眠中らしい。
ウィスパーは近年若者の間で人気のSNSで多くの企業や飲食店が宣伝用のアカウントを作り、こぞって集客に励んでいる。
「えっ、どうして使わないんですか?しましょうよ、宣伝。いいお店なのにこの客入りはもったいないです」
光希の言葉にカウンターでパソコンと参考書籍の類を広げてレポートを書いていた越田さんもうなずき、目にかかりそうになった前髪をかき上げた。
越田さんは近所の国立大に通う学生で、情報学部の二回生。貴重な若い常連。光希よりひとつ年上で共通の話題が多く、早々と意気投合していた。
「そうだよ日明くん。あんまり人気店になるのも困るけど、潰れちゃうのはもっとイヤ」
越田さんは常連の中でも元から日明とよく会話する方だった。越田さんが話すのを日明が一方的に聞かされるそれを会話と呼べるのなら。
「潰れるって、別にうちは火の車ってわけじゃないですし…」
かと言って余裕があるわけでもないから歯切れは悪い。
「今の時代にネットを使った宣伝をしないとかありえないから。経営努力の放棄と同義です」
日明の小声の抗議は届かなかったようで、越田さんはSNSの宣伝効果について熱く語った。
パンツスーツを着て眼鏡をクイッと上げる姿は有能なコンサルタントのように見えて、日明と光希は話に聞き入った。越田さんは塾でバイトをしておりバイトのある日はスーツだ。
同年代のスーツ姿が光希にはちょっと眩しい。
話を聞き終えても、日明は不満げに首を斜めにしていた。
「いやでも、何を投稿すればいいかわからないし、投稿してもフォロワー増えないしライクももらえなかったし…」
努力不足を責められたような気持ちになった日明は、子どものように言い訳して口を尖らせた。
「日明さんどういう投稿してきたんですか?」
「確かに、気になる」
光希と越田さんからジッと見つめられ、日明はため息をつきながらスマホでウィスパーのアプリを起動して光希に渡した。光希は越田さんの隣に座り、肩を寄せ合ってチェックが開始された。
それを見ているのも背中がむずむずして落ち着かず、日明は二人に背を向けて冷蔵庫の中身をチェックした。
アカウント名は純喫茶ランプ。アイコンは洋風レトロな店の外観を撮ったもの。プロフィール文は店の売りであるこだわりのコーヒーと昔懐かしい軽食を魅力的に伝えており、営業時間も最寄り駅も明記してあり、一見してよくある飲食店の宣伝アカウントのように見えた。
しかし投稿を遡る二人の眉間に徐々にシワが増えていった。
「えっ、写真写りわる…そしてなんか全体的に暗くて地味だよ麻美ちゃん…」
光希が越田さんに呼びかける第一声の雲行きがもう怪しい。
「ね、なんで最初が調理器具の紹介なんだろうね、光希ちゃん…文章が硬いし切れ味の比較とか論文読んでるみたいだよ…」
「ほんとに。それに映えがないよ、麻美ちゃん…まったくキラキラしてない…字が多くて目が疲れる…」
「うん、これじゃ行きたいってならないよ、光希ちゃん…宣伝はインパクトある写真がメインで文章なんて三行でいいって…長文なんて誰も読まないし…」
「悪かったですね、センスがなくて」
日明は渋い顔をしながら二人の前にバナナプリンを置いた。
「おっ、なにこれ。美味しそう」
「あっ、ランチのあまりですね」
ランプの日替わりランチには小さなデザートがつく。今日は熟したバナナを使い切りたくてバナナプリン。
「うん。処理しちゃって」
「もう、日明くん言い方。でも美味しそうだから許す。見た目もかわいいし」
薄黄色のプリンの上に白いリボンのように生クリームが飾られ、うっすらとコーヒーの粉がかかっている。ランチどきは忙しくて飾りなしで出していたが、今は時間があるのでサービスだ。
いそいそとスマホで撮る越田さんを見て日明はちょっと得意げな顔になった。どうだ、おれにも少しはセンスがあるんだ。
「こういう盛り付けはいいのにどうして写真だとセンスがないんだろう」
「ねえー、天は二物を与えなかったね」
容赦ない女子二人の寸評を背中に受けながら、日明は隅のカウンター席でライトノベルを読んでいた岸さんの前にもバナナプリンを置いた。
「岸さんもよかったらどうぞ」
「ありがとう」
寡黙な岸さんは常にスーツでサングラスをかけていて、頬にざっくり傷跡がついている。見た目は泣く子も黙る迫力。いつもブレンドを頼んで隅っこの席でライトノベルを読んでいる。現実が殺伐としすぎているから、本の中くらいではファンタジーを味わいたいらしい。
俺もくたばったら異世界転生できんのかな、とぼやいていたときにはギョッとした。
「うまそうだな」
錆びた声で口元をほころばせる岸さんはスイーツに目がない。初めて会ったときには大いにビビったが、それを知ってから近寄り難さはなくなっていた。
「おいしーい。バナナの甘みがやさしくていくらでも食べられそう。岸さんも早く食べなよ」
「生クリームのコクとちょこっと乗ったコーヒーの粉の苦みがバナナと相性抜群。岸さん、ぜひ」
「大人を急かすんじゃないよ」
渋い顔をしながらスプーンを持った岸さんがいただきますと手を合わせ、何気ない口調で言った。
「なあ、盗み聞きしてたみたいで悪いしSNSってのもよくわかんねえから口を出すのも気が引けるんだが、こういうのを載せれば宣伝になるんじゃないのか。映えってやつで」
「あっ…」
「そうかも」
「岸さん天才」
まだ手を付けていなかった岸さんのバナナプリンを撮影させてもらい、ついでに光希が納得するまで店内の雰囲気が伝わる写真も撮影し、越田さんが推敲した文章をウィスパーに乗せたら、フォロワーとライクがねずみ算式に増えていった。
一人で悩んでいじけていたのがバカみたいに思えて、日明はこれからは何かあったら誰かに相談してみようと心に決めた。




