2026年 秋 2
「おっ、今日は趣を変えてきたな」
「へえー、すっごくいい香りがする」
「これはもしかしてハーブティー?光希がむっつり勉強してるっていう」
腰に手をあててちょっと得意げな顔をしていた光希だったが、越田さんが茶化してくるのに顔をしかめた。
「むっつりは余計だよ、麻美。パフェに合わせて出せたらいいかなって思って、その試作品です」
「それはいいわね。コーヒー苦手とかカフェインレスのが飲みたいってお客さんもいるもんね。特に妊婦はカフェインの摂り過ぎはよくないって言われてるし」
新垣さんに光希はこくこくとうなずきを返した。
「そうなんです。いろんな人に美味しく楽しいひとときを過ごしてもらって、ランプを好きになってほしくて。なので奇譚のないご意見ご感想、よろしくお願いします」
熱いお茶も平気な三山さんが先陣を切り満足げに吐息をついた。
「ほお、ハーブティーなんて洒落たもん初めて飲んだがこれはこれで美味い。春を告げる風のごとく華やかな香りがして、寝る前の一服にちょうどよさそうだ」
「さすが元お坊さん、感想がひと味違うわ」
「ね、なんか文学的」
常連仲間に茶化されて三山さんの耳がほんのり赤くなった。
「ありがとうございます、三山さん。ノンカフェインでリラックス効果もあるんで、寝る前に飲むとぐっすり眠れますよ」
「なるほど。しかし寝る前に飲んではトイレが近くなってしまうのでどっこいどっこいかもなあ」
「おじいちゃん…」
「おむつ履きなよ…」
「さっきからうるさいなあんたら。いいから黙って光希ちゃんの新作を味あわんかい」
茶化し続ける二人に三山さんはどこか嬉しそうに怒った。
「はーい。あっ、美味しい。春を告げる風みたいに優しい味がする。アタシもハーブティー好きでパックの買ったりするんだけどさ、変な渋みとかするときあるんだよね。それがまったくなくて飲みやすい」
「あっ、それわかる。たまに喉に引っかかるときあるよね。でも光希のは春を告げる風みたいにすっと喉を通ってく。腕を上げたな、お主」
「年寄りを敬うってことを知らんのか、こいつら…」
すねてそっぽを向く三山さんに苦笑いしつつ、光希は二人に尋ねた。
「ありがとうございます。でもここが気になるとか、もっとこうした方がいいんじゃない、みたいなことってないですか?」
聞かれて二人は顔を見合わせて、首を傾げた。
「そう言われてもねえ。これならお金払って飲むのも納得なレベルだし」
「うん。あっ、でも強いて言えばもうちょっと尖った味があってもいいんじゃない。あたしはもっと甘い香りがするのとか飲みたいな」
「ああ、それを言うならアタシも酸っぱいのが飲みたいかも。レモングラスとかハイビスカスとかがメインのやつ」
「なるほどなるほど、甘い香りと酸っぱいのと…」
熱心にメモを取る光希に常連たちが目を細めていると、本日のメインが到着した。
「紳士淑女の皆さま、お待たせいたしました。秋限定のハロウィンアキラパフェでございます」
「秋のハロウィンパフェです」
にこやかな悠一の隣で日明が顔をしかめている。どちらもおぼんを持ち、その上には黄色とオレンジと紫があざやかなパフェが乗っていた。
「おっ、真打登場じゃな」
「あら可愛い!」
「ポップでいいね!映えるよこれ!」
目の前に置かれたパフェを新垣さんと越田さんはパシャパシャと撮っている。
新作パフェはハロウィンっぽいポップさと可愛さにあふれていた。
最初に目につく最上部にはジャックオーランタンの形をしたかぼちゃを練り込んだクッキー。クッキーを支えているのはミルクたっぷりの紫いものアイスクリーム。アイスのとなりには蜜をたっぷりまとった大学芋が添えられ、黒ごまが散らしてある。たっぷり盛られたホイップクリームにはカラフルなチョコがふりかけられている。
中段には荒く砕いてキャラメリゼしたナッツ類が散りばめられて香ばしい。その下にはペーストにしたさつまいもを練り込んだ白と黄色がまだらになった甘酸っぱいクリームチーズが潜んでいる。最下層は色の濃いカラメルソースがたっぷりかかったかぼちゃのプリン。
「うーん、うまい。大学芋にクリームってこれ、まさに相性抜群。これだけでも食べたい」
「紫芋のアイスもおいしーい。ミルク感が強いのがいいね」
「カラメルナッツとおいものクリームチーズもヤバいわこれ。絶対カロリー高いけどおいしすぎ。ああ、なんでおいしいものってすべからく高カロリーなんだろう…」
「あさちゃん、それ誤用だよ」
「いいのガッキーさん。あたし文学部じゃないから」
「そっか」
総じて好評でほっと息をつく日明の背中を、悠一がやさしくたたいた。常連たちが陣取った隣のテーブルに悠一たちも座り、パフェとハーブティーを堪能していた。
「うん、いいじゃないか日明。見た目と味にまとまりがあってすごくいいと思う」
「ですねー。上は大学芋やアイスで甘めだけど、真ん中はカラメルナッツが香ばしくてクリームチーズは甘酸っぱいで味の変化があってパクパク食べられちゃいます。プリンはどうだろ。んっ!」
色の濃いカラメルたっぷりのプリンを食べた光希が目を丸くし、隣のテーブルでも似たような反応が起こった。
「ほほお、チョコ風味のカラメルか。道理で色が茶色を通り越して黒いわけよ。最後まで飽きさせない美味しさの詰まったパフェだったよ、日明くん。秋だけに、な」
自信満々な三山さんに日明は困った顔で頭を下げ、他の面々は何も聞かなかったことにした。
「へえ、苦みが強いのがまたかぼちゃプリンによく合うこと。日明くん、味の組み合わせに一段と磨きがかかったわね」
「ありがとうございます、新垣さん。かぼちゃのこっくりした甘さに合うように、思い切ってカカオ強めのチョコを使ってみました」
「うん、チョコなのがまたハロウィンっぽくてすごくいい。光希のハーブティーともよく合ってる」
「ほんとに?それは嬉しいな。ありがとう麻美」
「よかった、この分ならこのまま売り出して問題なさそうだ。日明も光希ちゃんもよく頑張ってくれたね」
嬉しそうな顔をする日明と光希に労いの言葉をかけて、悠一は腰痛と戦っていただけの自分を少しだけ反省した。
「あら、でもまだラスボスが残ってるわよね」
「ああ、スイーツヤクザ」
「こら麻美。そんな言い方失礼でしょ」
光希に怒られてちろっと舌を出す越田さんにみんなが苦笑いした。
岸さんはけっきょく夕方になっても訪れず、それぞれ用事があるという常連たちは満足げな顔をして帰宅していった。腰の痛みに顔をしかめていた悠一も家に帰ってゆっくり休んでもらうことにした。
日明と光希の二人だけになった、西陽の差し込む店内。日明はカウンターで食器類を洗い翌日の営業の準備をし、光希はテーブルを掃除して床にモップをかけていた。
「なんだかお祭りのあとみたいで、ちょっとさみしいですね」
「ですね。楽しい時間は長く続けばいいのに、あっという間に終わってしまいます」
「あっ、意外。日明さんでもそういうこと思うんですね」
「思いますよ、それくらい」
「あはは、冗談ですよ」
顔をしかめる日明に光希が明るい笑い声を返す。
二人はそれぞれ作業しながら、同じことを考えていた。
「ねえ、日明さん。突拍子もないこと言ってもいいですか」
「ええ、どうぞ」
「私、今日ずっと、ここにひかりちゃんがいたらな、って思っていました…」
窓から差し込む西陽に照らされたテーブル。その上に乗る、花瓶に生けられたコスモスを見つめる光希の横顔は儚くてさみしげで、日明は胸が詰まった。
「それは、おれも思っていました。ひかりがここにいたら、どんなことを言って、どんな風に笑ったかなって…」
「さみしいですね、ここにひかりちゃんがいないことが、ほんとうに…」
「はい…」
しんみりとしてカウンターを挟んで見つめ合う。その真ん中にひかりがいるような気がして、胸が締めつけられるように痛んだ。
声を聞きたい。笑顔が見たい。こんなパフェじゃだめだよと怒られてもいい。
ただここに、ひかりがいてほしかった。
「それにしても岸さん遅いですね。連絡返ってきました?」
湿っぽい気持ちを吹き飛ばすように明るい口調で言う光希に、日明も努めて明るい声を出した。
「まだ来てないです。抗争の真っ最中なんですかね」
「抗争って日明さんまで」
光希がクスクスと笑うと、ドアベルがカランコロンと軽快な音を立てた。
「おっ、噂をすればなんとやら」
「岸さん、いらっしゃ…」
日明の声が来客を見て途切れた。
入ってきたのはどことなく見覚えのある男。肌は火に焼けて浅黒く、真っ黒な髪は左右を刈り上げた短髪。服装は無地のティーシャツにジーンズと飾り気がなく、靴はくたびれたスニーカー。
見覚えはあるはずなのに、顔と名前がもう少しのところで一致しそうなのに、思い出せないのがもどかしい。
光希の低い声で来客の正体をようやく思い出せた。
「秀人…」
顔をしかめて身構える光希に、すっかり様変わりした馬場秀人は硬い顔を向けた。




