2014年 晩夏 1
「雨だねえ」
ここのところ毎日同じような時間に降る夕立を眺めながら、ひかりはつまらなそうな顔をした。
明日は夏休み最後の大イベント、花火大会があるというのに天気は冴えない。
この様子では明日も雨が降るのではないかと、ひかりは気が気ではなかった。
「あしたも雨かなあ」
「かもなあ」
隣で問題集を広げている兄に問いかけるも、なんとも気のない返事が返ってくるだけでつまらない。
二人は居間のテーブルで夏休みの宿題をしていた。ちょうど一時間が経って集中力が切れていたころに夕立が降り、ひかりはすっかりやる気をなくしていた。
膝の上に乗せたミミ子をなでながら不満げな声を上げる。
「ええー、やだよお。まきちゃんとゆかた着てくやくそくなのにい」
ぶーたれて日明の肩を揺すると、日明はやっとひかりの満足のいく返事をくれた。
「そうだなあ、じゃあてるてるぼうずでも作るか」
「うん!作る!」
テーブルの上にあったつまらない勉強道具が片付けられて、輪ゴムや色とりどりのペンが並んでひかりは浮足立った。やっぱり夏休みはこうでないといけない。
道具を並べて座った日明の肩に手を起いて、ひかりはぴょこぴょこ飛び跳ねた。
「どうやって作るの?」
「えっと、どうだったかな。母さんと作ったときには、ティッシュを丸めて頭にして、そこにティッシュを被せて輪ゴムで止めて…って、あれ、なんかしぼんでるな」
頭がへこんでしなびた雰囲気の漂うてるてるぼうずが出来上がり、それを見たひかりが笑う。
「あはは、へんなの!これじゃ雨ふっちゃうよ!」
「だな、これじゃあめふりぼうずだ」
日明が苦笑いしながら書き込んだ顔は、口をへの字にした情けないものでひかりはますます笑った。
「あはははは、あめふりぼうず!」
「あっ、そうだそうだ。ティッシュ二枚で頭にするんだった。ほら、これでてるてるぼうずになったろ」
今度はちゃんとまるまるとしたてるてるぼうずが出来上がり、日明は満足げな顔をしている。
それにひかりが笑顔を書き込むと立派なてるてるぼうずになった。
「できた!」
「おおー、いいじゃん。ちゃんと天気にしてくれそう」
「でしょー。ねえ、おにいちゃん。てるてるぼうずって何人作ればいいの?」
「えっ。さあ、五人くらいでいいんじゃないか。戦隊モノも五人だし」
「なるほど」
「なるほど…」
自分でも納得できていない理屈に納得されて、日明は子どもに無責任なことを言ったらよくないなと反省した。お盆騒動から学んでいたのに、つい忘れがちになってしまう。
自分で全部作るというひかりが集中して黙ると、居間にはティッシュを丸める音と夕立が屋根を打ち付ける単調な音が静かに広がった。
おだやかな夕方のひととき。
ここに母がいたら、どんな顔をしていたか。どんな言葉をかけてくれたか。
そんなやわらかな感傷がふと胸に浮かんできて、もうそんなことは二度とないのだと思うと、水面に浮かんだ泡のようにぱしゃんと弾けた。
さみしさが胸を満たして、無心にてるてるぼうずを作るひかりの頭をなでた。
「もう、じゃましないで」
うるさそうにしつつもひかりの顔は嬉しそうで、こんな時間がずっと続けばいいのにと日明は祈るように思った。
「でーきた!」
てるてるぼうずを八人作り、ひかりが満足している。よく見ると八人それぞれに個性があって面白い。
「これはなんか意味あるの、八人って?」
「うん。これはねえ、ひかりんちとまきちゃんちの家族てるてるぼうずだよ」
「ああ…」
「これがひかりでねえ、こっちがまきちゃんで、ママもいるんだよ」
ひかりが説明してくれているのを聞きながら、日明は目を細めた。
お盆騒動から母親のことをあまり口にしなくなっていたひかりが、当然のように母親のてるてるぼうずも作っていたのが嬉しくて。
ひかりの中で、なにかひとつの整理がついたのかもしれない。うまくしまっておける場所のない荷物の置き場所を見つけたみたいに、ストンとちょうどよく収まる場所を見つけられたのかもしれない。
それは日明にも覚えがある感覚だった。
死にまつわる本を読んだり大人や友だちから言葉をもらったりして、いったんはそういうものなんだなと納得して、でも月日が経つとまた整理のつかない感情が溢れ出してどうしようもなくなって、を繰り返していた。
ひかりもきっと母の死を悲しむだけじゃなくて、そういったことを繰り返していくのだろう。
一生懸命な様子で説明してくれるひかりが愛おしく、いつかそういったことを言葉にして話せる日が来ればいいなとぼんやり思った。
「もう、おにいちゃん聞いてるの?」
「ああ、もちろん」
「じゃあこのてるてるぼうずはだあれ?」
「おまえ、それはあめふりぼうずじゃないか」
「あはははは!あめふりぼうず!」
一度おもしろいと思うと何度でも飽きずに同じ話を振ってきて笑うひかりに、それはまだまだ先のことだなと思い直した。
「よし、じゃあ吊るしておこうか。あした天気になるように」
「うん!」
「あめふりぼうずはどうする?」
「ええー、雨になっちゃうじゃん」
「でもこいつだけ仲間はずれもかわいそうだろ」
「うーん、それは、たしかに」
「普通のてるてるぼうずは逆さに吊るすと雨が降るっていうし、あめふりぼうずを逆さに吊るすと晴れる、ってことにしておこうか」
心司っぽい言い回しだなと思い、すこしおかしくなった。
「いいね!おにいちゃんナイスアイデア!」
「だろう」
カーテンレールに吊るすと、すみっこでひとりだけ逆さになっているあめふりぼうずはちょっと不気味に見えた。まるでタロットの逆位置みたいに不吉で、なぜだか悪い予感がした。
「うーん、やっぱりあめふりぼうずは吊るさないでおくか。なんかかわいそうだ」
「ええー、いいじゃん。おもしろいじゃん」
「それならまあいいか」
ひかりが無邪気な顔で笑っているのでそのままにしておくことにした。
家に帰ってきた父親は、ひとりだけ逆さに吊るされたあめふりぼうずを見て首をかしげるも、何も言わなかった。
その横顔がひどく疲れているように見えて、日明はいつもよりも明るい調子で声をかけた。
「おかえり、父さん。ご飯温めようか?」
「いや、いい。腹は減っていない」
「でも…」
「パパ、あのね、きょうのハンバーグ、すっごくおいしいんだよ。んっとね、にくじゅうがじゅわーってなるの」
ミミ子を腕に抱えて懸命な様子で訴えかけるひかりに父が目を丸くし、久しぶりにほほをゆるめた。
「そうか。そうだな。日明、温めてくれるか?」
「うん!」
冷めたハンバーグをレンジで温めながら、日明は母の遺影を見つめた。
母の死から狂っていた家族の歯車がようやく噛み合ってきた気がして、見守ってくれているであろう母に伝えたかった。
おれたちなんとかやれそうだよ。そう伝えて、母を安心させてあげたかった。
母の遺影の上では、逆さに吊るされたあめふりぼうずがぶらぶらと揺れていた。




