2026年 夏 2
越田さんの通う大学の正門脇に立って待つ日明の頭を、針のむしろという言葉がグルグル回っていた。
「あー、午後の講義めんどいなあ」
「わかるー、いっそサボる?」
「ねえねえ、それより見た、あの動画」
「見た見た!超エモかった!」
「てかなにあの人。人待ち?ナンパ?ストーカー?」
「えー、ナンパではないっしょ。陰キャオーラダダ漏れだし」
「ウケる。確かにナンパって感じじゃないね」
「誰かの彼氏かな。いいなあ、わたしも彼氏ほしー」
「おっ、じゃあ今度合コンでも行っちゃいますか」
盛り上がる女子グループが正門を通り過ぎていく横で、日明は路傍の石のように縮こまって気配を消していた。
正門を出入りするのはほぼほぼ女性。通り一帯にいい匂いが広がって、華やかな雰囲気が醸し出されている。そんな場所にあって、無駄に背が高く陰気なオーラをまとった日明は否が応でも注目の的だった。
そう、越田さんが通っているのは女子大だった。
女子大の正門脇に立つ人待ち顔の青年。見てくれは悪くはないが見るからに内気そう。注目を集めて揶揄されるにはぴったりな条件を備えた日明は、額に脂汗をかきながら越田さんを待っていた。
さすがにここで待ち続けるのはキツいと、何度か越田さんに通話をかけたが繋がらず、マインも既読がつかない。
待ち合わせ場所の変更をしたくてたまらなかったが、もしも移動中に越田さんが来たらかわいそうだ。
そう思って日明は女子大の正門脇に地蔵のように突っ立っていた。スマホを見るふりをして向けられる好奇の視線を避けていたが、さすがにそろそろ限界だった。
「おーい日明くーん!」
待ちわびていた声に犬のように顔を上げると、越田さんが小走りでやってきた。
日明に駆け寄ると軽く息を切らしながら拝むように手を合わせた。
「ごめんなさい、ゼミが長引いちゃって。待った、よね」
おずおずと上目遣いに見上げる顔がいつもと違う。
「越田さん、今日は眼鏡じゃない」
「あっ、これ?大学ではコンタクトなんだけど。変、かな?」
不安そうに聞かれ、日明はぶんぶんと首を横に振った。
「変じゃないです。いい、と思います」
眼鏡を外したからか目がパッチリ大きく見えて、綺麗な二重をしていることと、まつげが長いことに初めて気がついてどきりとした。いい、というか、かわいい。
いつもはティーシャツにジーンズとシンプルな服装で店に来ることが多いのに、今日はスカートなのもだいぶ印象が違う。白のノースリーブのロングカットソーと、黒のペンシルスカートが大人っぽい。
「えへへ、そう。やった」
上機嫌に笑う越田さんと並んで歩き出した。行き交う女子大生たちから視線を感じてむずがゆい。でも隣りにいる越田さんは気にしていないみたいで、いつものように話しかけてくる。
「というか律儀に門のとこじゃなくて、コンビニで待っててくれたらよかったのに。暑かったでしょ」
おかしそうに越田さんが言う。日明だってもちろん車道を挟んでコンビニがあるのに気がついてはいた。
日明は暑さに強いタイプではあったが、店内で待てたらどんなに楽だろうとは思っていた。
「いえ、入れ違いになったら悪いですし」
「そんなのマインしてくれたらいいのに」
「しましたけど通話も繋がらないし、既読もつかなかったです」
「えっ。あっ、ほんとだ。ごめんごめん、ゼミのときは音鳴らないようにしてるんだ」
「入れ違いになったら嫌だし、オアシスの蜃気楼を前にした砂漠の旅人みたいな気持ちでコンビニを眺めていました」
「あはは、ウケる。日明くん律儀。門のとこにいなかったらコンビニかなって思うし、スマホも確認するからそんな心配しないでだいじょぶだよ」
背中をバシバシ叩かれ、ふわりとシトラス系のいい香りが広がってどきりとした。滑らかな白い肩につい目が吸い寄せられてしまう。
「あっ、着いたよ。並ぶかと思ってたけどラッキー」
大学から駅方面に向かって五分ほど歩いた路地裏に、そのカフェは店を構えていた。
レンガ作りの壁に三角屋根が素朴で可愛らしい。白木のドアの上には『ハーヴェスト』と書かれた看板。ドア横に置かれた黒板にはパフェの宣伝と可愛らしいイラストが描いてあり期待が高まる。
店内は木の温もりが感じられ、どこか懐かしくて落ち着く。窓が多いからか店の雰囲気が明るい。吹き抜けになった二階席があるのも解放的で好印象だ。
「いらっしゃいませー。お二人様ですか?」
「はーい、ふたりでーす」
どことなく上機嫌な様子で越田さんが店員に答える。
一階の席は埋まっていたので、二階の二人掛け席に案内された。二階も席が埋まりそうになっている。
「二階席ってなんかワクワクするよね」
「しますね」
二階席からはカウンターが見下ろせて、こういう造りの店もあるんだなと感心した。日明はすっかり視察モードに入っていて、越田さんに呼び出された理由をきれいに忘れていた。
越田さんは夢中になって店内を見て何かに納得するようにうなずく日明を、優しい眼差しで見つめている。
メニューを広げてみるとランプと似たりよったりで価格帯も同じくらい。しかしこの店の売りらしいパフェの充実度では圧倒的に負けていた。パフェ作りにはうんざりしてきていたはずなのに、こうして他店のパフェを見ると興味津々になってしまい、ランプではどう出すか考えてしまうのが不可解だった。
「これは、どれにするか迷ってしまいます」
「おっ、日明くんでもそんなことあるんだ」
おれはいったいどういうふうに思われているのだろう。気になったものの口には出さなかった。
「どれが気になってるの?」
ふわりとシトラス系の香りが鼻に飛び込んできた。それで顔を寄せ合ってメニューを見ていたことに気がつき、日明はガバっと身を引いた。
心臓が変に脈打ち、顔が熱い。越田さんはそんな日明を面白そうに眺めている。
「つ、通年でうちでも出せそうなチョコバナナパフェと、単純に食べてみたいレモンパフェで悩んでいました」
動揺を押し隠そうとしたものの日明の声は見事に上ずっていた。
「あっ、そうなんだ。どっちもいいね。じゃあわたしチョコバナナパフェにしよっと」
「えっ、でも越田さんも食べたいパフェがあるんじゃ」
「まあまあ、日明くんの食べたいパフェがあたしの食べたいパフェってことで」
ニッといたずらっぽい笑みを向けられて、日明はますます落ち着かない気持ちになった。疲れのせいか、それとも店の冷房が弱いのか、顔が火照ってたまらない。
落ち着くためにお冷を飲むと、脳裏になぜかつまらなそうな顔をした光希が浮かんで、日明はますます困惑を深めた。




