2026年 夏 1
ランチタイムを過ぎると閑古鳥が鳴いていたランプに大きな変化が起きていた。ランチタイムを過ぎても安定した来客があり、席の大半が埋まっている。
カウンターでは日明が休む間もなく調理を行い、光希も注文を取ったり料理を運んだり会計をしたりと忙しく働いている。
完全復帰した悠一はその両方のサポートを行い、まだまだ隠居には早すぎるなと額を流れる汗を首にかけたバンダナで拭った。
まったく、嬉しい誤算だ。
「アキラパフェふたつお願いしまーす」
「了解です」
光希のよく通る明るい声に、日明が低く短い返事をする。
このぶんならまだまだパフェのオーダーが入るなと予測し、悠一は光希に目配せして日明の手伝いに入った。
「すっかり人気だな。アキラパフェ」
「やめて、その呼び方」
「いや待てよ、僕が作ったらユウイチパフェになるのかな」
「誰パフェでもいいから手を動かして」
目も向けずに言い放つ日明に肩をすくめて、悠一も大人しくパフェ作りに励んだ。
下からモモのジュレ、ミルクムース、モモのコンポート、コンポートのシロップを軽くまぶした角切りのスポンジ、一番上はアールグレイのジェラートに生クリームとカットした桃を盛り付けた、季節のフルーツパフェ。
ランチタイムを過ぎても来客が途切れない原因は、この季節のフルーツパフェだった。悠一曰くアキラパフェ。光希もこの呼び方を気に入って使い、常連たちの間でも定着していた。
午後二時から限定のこのパフェ目当ての来客が増えての大忙し。
きっかけは岸さんへのお礼に作ったパフェだった。
あれから日明はパフェ作りに目覚めて、いろんな店のパフェを食べ歩いてパフェノートを作り、レシピをネットや本で調べてオリジナルのパフェ作りに没頭していた。
始めは身内や常連だけに出す趣味のものであったが常連の一人、主婦の新垣さんの猛プッシュを受けて週末だけの限定メニューとして売り出した。
『このパフェを世に出さないのはもったいない。それはもう罪よ、日明くん。美味しいもの独占罪だわ』
言い分はともかく、試しに売り出してみるのには悠一も賛成だった。それくらいできが良かった。
このときはまだふざけ半分で『週末限定アキラパフェ』として売り出していた。日明はひどく渋い顔をしてそのポスターを見ていた。
これが思いのほか好評で、用意していた食材を毎回使い切るほどだった。ウィスパーでも写真を上げて宣伝したところ、食べたかったけど売り切れだった、週末は都合が合わない、という声が寄せられ、思い切って忙しいランチタイムを過ぎてからのメニューとして売り出すことにした。
それに伴い日明の猛抗議を受けて季節のフルーツパフェに名称が変更されて、好評が口コミでジワジワと広まり、今の忙しさに至る。
「すいませーん」
「はーい、ご注文ですか?」
カップルに呼ばれた光希がにこやかに応対する。
「あの、アキラパフェって季節のフルーツパフェとなにか違うんですか?」
「あっ、いえいえ。おんなじものです」
首をかしげるカップルに、光希はハキハキと説明する。
「うちのシェフの名前が日明で、親しみを込めて私たち従業員や常連さんはそう呼んでいるんです。ですのでアキラパフェとご注文いただいても、季節のフルーツパフェと同じものが出ます」
「へえー、面白い」
「じゃあアキラパフェとフレンチトーストお願いします」
「はい、ありがとうございます!少々お待ちください!日明さーん、アキラパフェとフレンチトーストおひとつずつ!」
こうしてアキラパフェと注文する客がまた一組増え、日明は深いため息で返事をした。
◇
「今日も売り切れでしたねえ、アキラパフェ」
「そうだねえ。まったく、アキラパフェ様々だよ」
「この調子でいけば売上もだいぶ期待できるんじゃないですか?」
「過去最高益になるだろうね。光希ちゃんよくがんばってくれてるし、次のお給料は期待していいよ」
「きゃー!やったー!アキラパフェばんざーい!」
閉店後の店内。掃除をしながら盛り上がる二人を冷めた目で見て、調理台を磨いていた日明は人知れずため息をついた。
売上の増加は日明も嬉しいし、それに貢献できている手応えがあって自信にもなっている。だけどこのところの忙しさはこれまでの比ではなく、日に日に両肩に疲れが溜まっていた。グルグル回るような忙しさはランチタイムだけで、それ以外の時間はゆったり流れていたころが懐かしい。
今回はたまたま桃のパフェが上手くいったが次も同じくらいか、これを超えるクオリティのパフェを考えなければならないと思うと胃のあたりが重たくなっていた。まだしばらくは桃の季節が続くが、次の案を練っておかねば安心できない。
日明は売上を素直に喜べる二人を羨ましく思い、疎外感を覚えていた。
正直言って連日のパフェラッシュにはもうほとほと疲れていた。土日だけの限定メニューならまだ耐えられる。それなら自分も楽しんでパフェ作りに励める。そのくらいがメリハリがあっていい。
だけどそれは言い出せなかった。
これまで散々、悠一に迷惑と心配をかけてきてやっと恩返しできるチャンスが巡ってきたのだ。それなのに自分が疲れたからと言ってそれをふいにすることはできない。楽しみにしてくれている客の期待にも応えたい。
自分が我慢すればいいだけのこと。そう思い日明は溜まった疲れを栄養ドリンクで洗い流して、耐え忍ぶことを選んでいた。
このくらいのことはたぶん世の飲食店の人たちはみんなやっているし、これまでさんざん休んできた自分に疲れたなんて言う資格はない。むしろ周回遅れを取り返すために、馬車馬のごとく働かなければならない。
普通の、順当に人生のレールの上を走ってきた人達に、追いつかなければならない。
シンクを磨き上げ、ガラスのような決意を新たにしているとチノパンのポケットに入れてたスマホが震えた。
常連の大学生、越田さんからのマイン。ランプの従業員と常連で作ったグループマインではなくて、日明個人へのメッセージ。
珍しいことに戸惑いつつ内容を確認してみる。
『日明くんおつかれ〜。明日って定休日だよね?』
『お疲れ様です。はい、明日は月曜日なので休みです』
月曜日と火曜日は貴重な休みで惰眠を貪る気まんまんだった。
『どーしても明日くんに相談したいことあるんだけどさ、ふたりで会えないかな?』
店ではしょっちょう日明にグチったり光希に相談したりしているのに、改めて相談事とはいったい。店ではできない話、ということだろうか。
光希にできない相談を自分にしようとしているのか。光希にできない相談っていったいなんだ。お金絡み?それとも光希のように粗暴な元カレ?もしくは…。
考え込んでいると追い打ちが届いた。
『大学の近くに良さげなカフェ見つけたから行ってみようよ。パフェ美味しいらしいよ』
おしゃれなお店のURLとラブリーなスタンプが届き、日明は凍りついた。
これは、いわゆるデートの誘いなのでは。相談があるとはただの口実で目的はデート、ってそんなわけがない。越田さんとは兄妹くらい歳が離れているのに。
だけどそうでもなければ、わざわざ相談するには最も不向きであろう自分に声をかけてくる意味がわからない。あまりにも合理性に欠けている。カフェに行く相手が欲しいにしても、友だちなんていくらでもいるだろうに。
越田さんの本当の目的は、いったいなんだ。やはり金の無心、ホストにハマって借金、って真面目な越田さんがそんなわけないし…。
「明日さん」
「うわっ」
背後から聞こえてきた声に驚いて振り向くと、光希が怪訝そうな顔をしていた。
「どうかしたんですか?さっきからスマホ見てブツブツつぶやいて」
「あっ、いや、これは、なんでもないです。ただの誤作動です。最近多くて」
なぜか光希に見られるのはまずい気がして、慌ててスマホの画面を消してポケットにしまった。
「ああ、日明さんのスマホ古いですもんね。画面ひび割れてたりたまに変な音したり。そろそろ買い替えたらどうです?」
「そ、そうですね。明日休みだし、ちょっと見てこようかな」
「あっ、なら一緒に行きましょうか?日明さんそういうの疎そうだし」
「いや!それは、大丈夫です。その、ひとりでじっくり、選びたいんで」
光希は一瞬つまらなそうな顔をして、すぐに笑顔に戻った。
「そうですよね、日明さんそういうのこだわり強そうですし」
「あっ、はい。落ち着いて見たいんで、すいません」
「いえ、私こそ余計なこと言っちゃって。いいの見つかるといいですね」
「ありがとうございます」
本当はスマホなんて最低限の機能があればなんでもいいし、光希とショッピングに行くのは楽しそうだなと思ったものの、日明はその全てを飲み込んだ。
もやもやした気持ちを抱えたまま、日明は越田さんへの返事に頭を悩ませた。
なんでまたこんな時期に、めんどうなことが降りかかってくるんだろう。




