2014年 夏 6
「おじさんもおばさんもおにいちゃんも、みんなウソつきだ…」
八月十三日。お盆の夕方。
西日が差し込み、ひぐらしがさみしげに鳴く公園でひかりがグズグズと鼻をすすって泣いていた。うさぎのぬいぐるみのミミ子を膝の上に乗せて力なくブランコを揺らし、止まらない涙が乾いた地面を点々と濡らしている。
隣のブランコに座った麻希はひかりと同じようにブランコを揺らしていた。ひかりに何か言葉をかけたいけれどなにも思い浮かばず、同じようにブランコを揺らして寄り添った。
これでも麻希の家に飛び込んできたときよりはマシになっていた。
お墓参りから帰ってきて、しんみりした雰囲気でいるところに来客があり、お盆に誰だろう、ご先祖さまかな、と軽口を言って玄関を開けると泣きじゃくるひかりがいて、麻希は目を白黒させた。
「どうしたのひかりちゃん」
ひかりは麻希にすがるように抱きつき、泣きながらたどたどしくわけを説明した。麻希は母と一緒に辛抱強く話を聞き出そうと試みたが、要領を得られず心司にわけを聞きに行かせた。
日明から話を聞いた心司が説明するにはこういうことだった。
おじさんとおばさんからお盆は死んだ人が帰ってくる日で、いい子にいていればお母さんが帰ってきてくれるよとひかりは教えられた。
そのおかげでひかりが素直に言うことを聞いてくれるようになり、これ幸いにと日明はお盆をちらつかせていろいろとやらせた。いつもなら嫌がってやらないお風呂掃除、お皿のすみに追いやって残してしまうナスやピーマン、いつまでも進まない夏休みの宿題。
お盆までの期間、ひかりは紛れもなくいい子だった。母に帰ってきてほしい一心でいい子になっていた。
そして迎えたお盆当日。いつまで経っても待ちわびていた母は帰ってこない。
「ねえおにいちゃん、いつになったらママ帰ってくるの?もう夕方になっちゃうよ。ひかり、ママとお風呂入りたいのに」
「ひかり。母さんはもう帰ってきているよ」
「どこにもいないじゃん」
「おじさん言ってただろ。母さんのたましいが帰ってくるんだって」
「たましい?」
「うん。たましいだからおれたちの目には見えないけど、母さんはちゃんと帰ってきているんだよ」
日明がやさしく語りかけるも、ひかりの目にはただの開き直りにしか見えなかった。
「おにいちゃんのウソつき!おにいちゃん言ってたじゃん!いい子にしてたらお母さん帰ってきて、いっぱいほめてくれるんだって!だからひかりたくさんいい子にしてたのに!」
「だからほら、ひかりがいい子にしてたから帰ってきてるんだって。母さんのたましいが」
「ウソつき!見えないならおにいちゃんにもそんなのわかんないじゃん!」
「ウソじゃないって。お盆はそういう日なんだよ。今くらいはそういうふうに、思わせてくれよ。母さんがそばにいて、見守ってくれてる、って」
「目に見えてちゃんとさわれるママじゃなきゃいや!そんなのいないとおんなじだもん!ウソつきのおにいちゃんなんか、だいっきらい!」
そうしてひかりは日明を突き飛ばして家を飛び出し、神谷家の門を叩き現在に至る。
お盆の夕方だけあって公園は閑散とし、世界に麻希とひかりのふたりだけしかいないようなさみしさが漂っていた。
「ねえ、まきちゃん」
麻希を呼ぶ声はだいぶ涙が薄まっていて、すこし安堵しながら返事をした。
「なあに、ひかりちゃん」
「たましいってなあに?」
難しいことを聞かれたなと思いブランコを止めると、隣で同じようにひかりもブランコを止めてじっと見つめてきた。
最近読んだ本に書かれていた内容を思い出しつつ、麻希は慎重に答えた。ここでまたウソを教えたら、ひかりはますます傷ついてしまうと思い、言葉を選びに選んだ。
「みんな、ひとや虫や道具とか、この世界にあるものみんなが持っている、光りかがやく宝物、だったかな。たとえ命をうしなってもたましいがきえることはなくて、目に見えなくてもやさしくよりそってくれている、って本には書いてあったよ」
「ふーん…」
ひかりは考え込むように動きを止めて、膝の上のミミ子をそっとなでた。
「よくわかんない」
不満げに口を尖らせるひかりの膝に乗ったミミ子を見て、麻希はうろ覚えだった本の内容を鮮明に思い出した。
「そうだ、その本にはね、お父さんが死んじゃった男の子が出てきて、お父さんに会いたいって強く願ってた。男の子はお父さんの形見のヒーローの人形を大事に持ってた。どこに行くにもいっしょで、とてもだいじにだいじにしてたの」
「ひかりと一緒だ…」
「うん。ひかりちゃんとミミ子とおんなじだね」
ちいさく微笑みかけて、麻希が続ける。
「そしたらある日、イヤなことがあって泣いてた男の子の耳になつかしいお父さんの声が届くの。その声は人形から聞こえてきて、男の子を力強くはげましてくれた。それで男の子はイヤなことに立ち向かう勇気をもらえた。男の子がその人形を大事にしていたから、お父さんのたましいが人形にやどって声をとどけてくれたんだって」
ひかりはほうけたような顔をして麻希を見つめている。
しまった、この話じゃだめだったか。
「ええと、だからね、その、あきらおにいちゃんもおじさんもおばさんも、ウソをついてたわけじゃなくって、ええと、なんて言えばいいんだろ…」
しどろもどろになる麻希の隣でひかりがブランコからぴょこんと飛び降りた。
降りてミミ子を高々と掲げた。天啓を得たかのように、希望に輝く瞳でミミ子を真っ直ぐに見つめている。
「そっか!まきちゃん、おにいちゃんたちが言ってたのはそういうことだったんだね!」
「う、うん、そういうことだよ、ひかりちゃん」
麻希にはひかりがどういう解釈をしたのかさっぱりわからなかったが、とにかく泣き止んで前向きになってくれたようでほっと胸をなでおろした。
「ひかりがミミ子を大事にしていれば、お母さんのたましいがミミ子にやどって、お話できるようになるんだ!」
うなずいていいものか一瞬悩んだが、せっかく前向きになってくれたのを否定することなんてできるわけがなかった。
キラキラした目でミミ子を見つめるひかりを、これ以上がっかりさせたくなかった。
「そ、そうだね。だからミミ子を大事にしないとだね」
「うん!もっともっと大事にする!」
決してウソをついたつもりはないが、でも本当にそんな奇跡があるとも信じきれず、麻希は明るい顔をしたひかりの隣でぎこちない笑みを浮かべた。
上機嫌に帰っていくひかりを見届け、すっかり疲れて家に帰ると兄の心司と出くわしてどうだったと聞かれた。麻希は親には聞かれたくないなと思い、心司を二階の自室に連れ込んだ。
ウソをついたかもしれない罪悪感も含めて洗いざらい話すと、心司は頭をぽんぽんとしてくれた。
「そっか。お疲れ様、麻希。それはそう言うしかないよ。麻希はひかりちゃんを元気づけたんだ、よくやったと思うよ」
「うん。ありがとう、おにいちゃん」
肩に重くのしかかっていた罪悪感が減って笑顔になり、居間に行こうとすると激しい夕立が降り注いできた。
「あっ、雨だね」
ザアザアと地面を打ち付ける雨音が聞こえ、窓からは稲光が差し込む。一瞬の閃光に、窓際に立って外を見つめる心司の横顔が照らされ、麻希は凍りついた。
無機質で冷たい、昆虫のような横顔。白い顔を不機嫌そうに歪ませ神経質に首の後ろをかくその姿は、麻希の知っている優しい兄とは別人のように冷ややかだった。
「おにい、ちゃん…?」
麻希の呼びかけにも気がつかず、心司は何かつぶやいている。
「ひかりちゃんがいな………、日明は自由………。やっぱり僕が………」
雷雨にかき消されたそのつぶやきを、麻希はよく聞き取ることができなかった。
何かを決意するかのように深く目をつむり、まぶたを開いた兄の顔はいつものように優しくて、聞き返すこともできなかった。




