2026年 春 11
「ほう、こいつはうまいな。さくらんぼを堪能させてくれる」
日明特製のさくらんぼパフェを食べた岸さんが顔をほころばせた。
下から順にさくらんぼのムース、クラッシュしたさくらんぼのゼリー、さくらんぼ入りのブラウニー、一番上にはさくらんぼのジェラートに生のさくらんぼと生クリームが飾り付けられた、日明の力作だ。
「お口に合ったならなによりです」
固唾を飲んで見守っていた日明はほっと胸をなでおろした。
お客さんに新作メニューを出すときはいつも緊張する。それがリクエストされていたものであればなおさら。
「よかったですね、日明さん」
光希は日明の背中をポンとたたき、岸さんに笑顔を向けた。
「岸さん、日明さんこのところずっと試行錯誤していたんですよ」
このところトリモチみたいに顔に張り付いていた陰りはすっかり消えて晴れやかだ。
「そうなのか。日明君、それは悪かった。調子に乗って厄介なこと頼んじまったか」
「気にしないでください。これは岸さんへのお礼ですし、おれがいろいろやってみたくなって試行錯誤してただけですから」
蛇の道は蛇、餅は餅屋、ということで岸さんに馬場秀人の一件を相談していた。
岸さんは「その界隈ならつてがある。そのホスト崩れの一件、俺に預けてくれ」と頼もしいことを言って引き受けてくれた。
そしてその言葉通りに、一週間もしないうちに連日店を訪れていた馬場秀人はすっかり現れなくなり、ネット上に新たな誹謗中傷がばら撒かれることもなくなった。
店を訪れるたびに腰が折れんばかりの勢いで礼を言う日明たちに岸さんは辟易し、ひとつリクエストした。
『お礼なら日明君が作ったパフェが食いたいな。俺の故郷からさくらんぼが届いたから、そいつを使ったうまいパフェを。それでもうこの件は手打ちってことにしやしょう』
そういう事情で、このところの日明はパフェ作りに没頭していた。
「そうですよ。日明さんが凝り性なせいで厄介になっただけです。私も悠一さんも美味しいって言うのに、日明さん一人だけ納得しないでこだわるんだから」
だと言うのに、光希はからかうような口調で言ってくる。
「向井さんだってあれも乗せたいこれも乗せたい、って散々言ってきたじゃないですか。おれはそれをできるだけ活かして、なんとかまとめようとしただけです」
「でも最後までこだわっていたのは日明さんじゃないですか。私も悠一さんもさくらんぼの食べ過ぎで、もう一生分のさくらんぼを食べた気分です」
「じゃあこのさくらんぼブラウニーのあまりはいらないですね」
「あっ、今のウソ。それは別腹です」
「一生分のさくらんぼを食べた気分だ、って言ったばかりじゃないですか」
「だからそれは言葉のあやというか、もう。日明さんってほんとそういう機微がわからないですよね」
テンポよく言い合う二人に岸さんは苦笑いした。
「仲良いな、お前さんたち」
「「良くないです」」
二人からにらまれて肩をすくめ、岸さんは大人しくさくらんぼパフェを食べた。故郷の味を堪能しながらホスト崩れの小僧、馬場秀人のことを思い出していた。
言い逃れに虚勢に泣き落としと、あらゆる手段を駆使して逃れようとする小狡く情けない男ではあったが、どこか素直で憎めないところがあった。そこから育ちの良さを感じ取り、岸さんはやるせない気持ちになったものだった。
しかしそれはそれ、これはこれ。
岸さんはきっちり秀人に、もう二度と光希に近寄らない、ランプにも迷惑をかけない、と一筆書かせて血判を捺させた。
それで用は済んだのだが、岸さんは気になっていたことがあって秀人に聞いていた。
『なあお前、どうやって光希ちゃんの居場所を知ることができたんだ。たまたまランプにたどり着くなんてことがあるとは思えねえんだが』
『ああ、それはダメ元であいつの名前検索してみたら出てきたんです。なんかうさんくせえ感じの掲示板に少年犯罪の身内を追うってスレがあって、この喫茶店で働いてる女この事件の加害者の身内じゃね?みたいな感じで。そこから辿ってビンゴって』
『光希ちゃんが加害者の身内…?』
どういうことか聞いてみたが、そのときの秀人は光希の消息を知ることが第一で読み飛ばしたという。
『それにあいつ、言ってましたから。付き合い始めたころに二人であの町の桜見に行ったことがあって、「ふるさとの桜に似てる」って、遠い目えして。あと次に働くならこじんまりした喫茶店がいいな、とも言ってたし。それをたまたま覚えてたから、ここだなって確信して目え皿にして探して見つけられたんすよ』
『そうか…』
懐かしそうに目を細める秀人を見て、岸さんは『お前、足を洗う気があるなら連絡してこい。まっとうな仕事を紹介してやる』と名刺を渡した。
秀人は期待しないで開けたカードパックからレアが出たみたいな顔をして受け取り、『あざっす!』と体育会系仕込みの大きな声で礼を言った。
これらのことを岸さんは誰にも話さず、自分の胸にしまっておいた。未来ある若者たちが知る必要のない裏側だ。
光希が少年犯罪の加害者の身内、なんてのもどうせなんの根拠もないでっち上げに違いない。いたずらに知らせて、不安を煽るようなことをする必要はないだろう。
岸さんはなおも言い合い続けている二人を眩しそうに見つめながらブラウニーをかじった。
さくらんぼのブラウニーは甘酸っぱく、カカオの香りがほろ苦かった。




