ドジっ娘OL 第四話。
数日後、桜丘町ピアノ教室。
ひなが鍵盤を叩く。
ピンクのネイルをした、ひなの細く華奢な指がピアノの白鍵を移動する。
♪♪♪♪♪~。
美しい音の調べが、ピアノ教室に響いた。
両腕を組んでいた橘が、うんうんと首を縦に振るとひなに話しかける。
「今日はここまで。あなた、才能あるわよ。」
「あっ、ありがとうございます。」
ひなのアホ毛が嬉しそうに、ピョンピョンと揺れ動く。
ピアノ教室を出ようとするひなに、受付の小林が話しかけた。
「お疲れ様です。春野さん。橘先生が褒めてましたよ。」
「あっ、ありがとうございます。」
アホ毛をピョンと立たせ、ご満悦の表情のひなに小林が尋ねる。
「ご自宅にピアノでもあるんですか?」
「あっ、いやピアノは……。うち、サラリーマン家庭ですし……。」
夕暮れの桜丘町。
ひなはピアノ教室を出て、渋谷駅に向かった。
一人歩くひなにチラシを渡す若い男性。
チラシにはこうある。
≪春の特大キャンペーン!!今なら電子キーボードが10%OFF!!ヤマハミュージック渋谷店。≫
「キャ、キャンペーン!!それも特大!!」
ひなの目がキラキラと輝いた。
ヤマハミュージック渋谷店に着いたひなは、アホ毛を揺らし、キョロキョロと辺りを見渡した。
その様子を見ていた男性の店員が、後ろから声をかける。
「お客様、何かお探しでしょうか?」
「あっ、あの、これを見て。」
ひながチラシを店員に見せると、店員が奥を指さす。
そこにはチラシで見た、電子キーボードがあった。
さっそく店の奥に行き値札を見ると、ひなは小さくため息をついた。
「1万8千円かぁ……ちょっと高いなぁ……。」
アホ毛を垂らし悩むひなに店員が近づくと、メモ帳に何かを書き込みひなに見せた。
「よろしければ、こちらのお値段でいかがでしょうか?」
店員のメモには1万7千円とある。
思わずアホ毛を立ててひなが言う。
「買います!!買います!!今すぐ買います!!ありがとう、ヤマハミュージック!!」
その時、ひなの中の小さなひながささやいた。
(この前、コート衝動買いしたばっかなのに、ああ……また、衝動買いしちゃった。)
淡いブルーのショートトレンチに目をやると、コートの裾をつまむひな。
店員が苦笑いしながら頭を下げると、ひなに聞いた。
「ありがとうございます。少々お荷物になりますので、配送にいたしますか?それとも、お持ち帰りになさいますか?」
少し考えると、ひなは答えた。
「あっ、あの、配送でお願いします。」
すっかり日の落ちた渋谷駅。
ひなはキーボードを購入し、ウキウキしながら渋谷駅へと向かった。
その時、後ろからひなを呼ぶ声がした。
「もしかして、春野さん?」
ひなが後ろを見ると、ネイビーのステンカラーコートを着た青木がいる。
青木を見つけると、思わず指を指すひな。
「あーっ!!青木さん!!」
辺りを見渡し、ひなは指を差している自分に気づいた。
ひなのアホ毛が恥ずかしさで垂れ下がる。
「春野さん、これから帰りですか?」
「あっ、はい。」
青木がひなに聞くと、照れくさそうにひなが答えた。
話をしながら、2人が渋谷駅の長いエスカレーターを下ってゆく。
2人が東急田園都市線のホームに着くと、シルバーにグリーンのラインの列車がホームに入ってきた。
2人して同じ列車に乗り込もうとする。
ひなは少し驚き、右側にいる青木に尋ねた。
「あれ、同じ電車なんですね。」
青木は苦笑しながら、人差し指で頭を掻いた。
「そうですね。たぶん家も近いかと……。」
座席に座ると、2人は楽しく談笑を始めた。
つくし野のバス停にバスが止まる。
ひなと青木はバスを降りた。
ひなが夕闇の中、街灯に照らされた満開の桜を見上げる。
「わぁ、桜咲いてる!!」
「満開ですね。」
青木がそう答えると、満開の桜から花びらがひらひらと舞い落ち、ひなの頭にくっ付いた。
「ふぁっ!!」
ひなが思わず声を出す。
青木が苦笑しながら、ひなの頭に付いた花びらを摘まんで見せた。
ひなは照れくさそうにうつむいた。
「あっ……ありがとうございます。」
青木がひなを見て、ニコッと笑うと歩き出す。
そして、ふと思い出したように振り返り、ひなに言った。
「そういえば、ピアノ楽しみにしてますよ。」
「ああっ、ピアノ!!」
思わず大声になるひな。
2人は目を合わせ、ケラケラと笑い出した。
第四話。 終わり。




