ドジっ娘OL 第三話。
季節は春。
ひながオフィスにつくと、課長が荷物をダンボールに詰めている。
「何かあったんですか?」
ひなが神崎に聞く。
すると、神崎が声を弾ませるように答えた。
「春の人事異動みたいよ。」
「じゃあ、新しい人が来るんですか?」
不安そうなひなを見てニヤリと笑う神崎。
「まさか!!」
ひなの表情が驚きに変わる。
「その、ま、さ、か。」
ひなはニヤリと笑う神崎に小さく頭を下げた。
「課長昇進、おめでとうございます。神崎先輩!!」
「ありがとう春野。これからもビシバシ行くからね。」
神崎が新しいデスクに向かう。
ひなの横をダンボールを抱えた元課長が通り過ぎる。
ひなを見つけると、まるで小姑のように小言を言い始める元課長。
「春野君。遅刻はしないように。」
ひなはおでこに手を当てると、あちゃーとした表情をし、ペロッと舌を出した。
終業の時間。
ひながオフィスを後にし、夕暮れ時の都会の人混みを縫うように歩く。
オレンジ色に染まる渋谷のビル群。
ひなはしみじみと呟いた。
「なんか、日が落ちるのも遅くなったなぁ。」
ひなはそう言うと、うーんと背を伸ばし、空を見上げた。
その時、ひなの目に飛び込む、ビルの二階の看板。
≪桜丘町ピアノ教室。初心者歓迎、春のキャンペーン!!≫
「ああっ、ピアノ!!」
ひなの目がキラキラと輝く。
ひなは足早に歩くと、ビルの二階に駆け上がり、ピアノ教室の扉を開けた。
「あの……初心者歓迎の看板を見て……。」
若い受付の女性がおどおどした表情のひなを見ると、ニッコリ笑い頭を下げた。
左の胸ポケットの名札には小林とある。
小林は右手を伸ばし、受付の手前の椅子へとひなを手引きした。
ひなが椅子に座ると、小林が質問を始める。
「ええと、お名前は?ピアノは初めてですか?」
「ええっと、名前は、春野ひな。ピアノはその……昔、ちょっとだけ……。」
そう言うと、ひなは小林から目を逸らし、不安げに頬に指を当てると下を向いた。
「じゃ、とりあえず、どのくらい弾けるか試してみませんか?」
小林が、後ろにいる金髪で銀縁の眼鏡をかけた女性に、ひなのことを説明する。
「お願いできますか?橘先生。」
すると、小林の後ろにいた、橘が立ち上がった。
「じゃ、着いてきて。」
橘の後ろを、ひながテクテクと歩く。
橘が隣の部屋の扉を開けると、そこには立派なグランドピアノがあった。
「さっそく、弾いてもらってもいいかしら?」
橘がひなに聞いた。
ひなは少し緊張し、不安げな顔で鍵盤を叩いた。
心の中の小さなひなが呟く。
(集中、集中!!頑張れ、私!!)
ポ、ポ、ポロロロン。
ピアノが美しい旋律を奏で始めた。
橘が銀縁の眼鏡を引き上げると、驚いた表情で声を上げた。
「ノクターン!!悪くない。あなたセンスあるわよ。」
その言葉を聞いて、ひなの顔が明るくはじけた。
ひなの演奏に拍車がかかる。
♪♪♪♪♪~。
「ところで何故ピアノを?」
ひなの顔がピンク色に染まる。
「あっ、あの……聞かせたい人がいまして。」
橘がひなの様子を見て、おどけるように話した。
「へぇ、彼氏かな?」
ボ、ボ、ボロロロン。
突然、ピアノが不協和音を奏で始めた。
「はぁ……。」
ひなはため息を吐くと、暗い顔をする。
ひなのアホ毛もシュンと力なく下を向いた。
第三話。 終わり。




