ドジっ娘OL 第二話。
まだ、寒さが残る春の渋谷。
芽吹き始めた桜の下。
さくら通りの急な坂道をひなが走る。
ひなは桜丘町にある虹色企画のビルの前に着くと、膝に手をつき呟いた。
「はぁはぁ、今日は間に合った。」
トープ色の鞄から淡いピンクのハンカチを取り出すと、額の汗を拭うひな。
そこに颯爽とグレージュのロングコートを着た神崎が現れる。
「おはよう、春野。」
「神崎先輩、おはようございます!!」
ひなが元気に挨拶すると、ニコッと笑う神崎。
神崎はガッツポーズをすると、ひなにやる気満々で話しかけた。
「春野、今日もガンガン、営業して行くわよ。」
ひなと神崎が山吹商事に近い、カフェへと向かう。
ネルドリップのコーヒーの香り漂う、原宿のカフェ。
2人は席に座り、熊谷と青木を待った。
「春野、今日は失礼のないようにね。」
神崎がひなに話しかけると、ひなは敬礼するかのように右手を額に当てた。
「あっ、はい、了解です、先輩!!」
神崎が敬礼するひなを見て、ハァとため息をつくとカフェの扉が開いた。
熊谷と青木が入って来た。
4人がコーヒーを飲みながら商談を始めると、熊谷が神崎に話しかける。
「例の件、決まったよ。おめでとう神崎君。」
「ありがとうございます。」
神崎はニコッと笑い、熊谷に軽く頭を下げた。
♪♪♪♪♪~。
店内のラジオから美しいピアノの旋律が聞こえた。
「おっ、懐かしいな。」
懐かしがる熊谷に青木が言う。
「最近、引退したミュージシャンの曲ですよね?」
「青木君。知ってるのか。」
青木の言葉に驚く熊谷。
「ええ、世界的なミュージシャンでしたから。」
驚く熊谷に青木が答えた。
喜びが隠せない熊谷は、ひな達2人を見ると話しかけた。
「ところで、君達、音楽に興味は?」
ひなが思いついたように答えた。
「あっ、あの……昔、ピアノを。」
「へぇ、ピアノを弾けるのか。凄いじゃないか、春野君。」
感心した表情の熊谷。
「へぇ、今度、聞かせて下さいね。」
青木がひなを見ると、爽やかに笑った。
「ああっ、はい。」
困惑した表情のひな。
ひなの中の小さなひなが言う。
(バカバカ。ピアノなんて、子供の頃少し習っただけじゃない。)
神崎が壁の時計をチラリと見ると、熊谷に話しかけた。
「あの、そろそろ、私達……。」
「そうだね、悪かった。君たちにも仕事はあるだろう。」
熊谷がそう言うと、神崎が席を立ち、深くお辞儀した。
すっかり外が暗くなったビルの1室。
企画営業一課の時計が、18時37分を指している。
ひながオフィスで帰り支度を始めた。
淡いブルーのショートトレンチを羽織り、ひなはエレベーターに乗り込んだ。
(ああ……ピアノどうしよう……。)
ひなのアホ毛がしゅんと下を向く。
カツ、カツ、カツ————
エレベーターの扉が閉まろうとした時、神崎が靴音を鳴らし、エレベーターに乗り込んできた。
「お疲れ様、春野。」
4階、3階へと降りてゆくエレベーターの中、神崎がひなに話しかけた。
「そういえば春野、ピアノ弾けるんだ。今度、聞かせてね。」
チン!!
1階に着くとエレベーターを後にし、神崎が出口へと向かう。
「ああっ、先輩っ!!」
ひなは神崎に話しかけようと右手伸ばした。
だが、その時、無慈悲にもエレベーターの扉が閉まる。
「えっ……嘘……そんな……。」
2階、3階、再びエレベーターが上へと向かう。
ひなの表情が焦りの色に変わった。
「いやぁぁぁぁぁ。」
上へと向かうエレベーターの中、ひなの悲鳴だけが響いた。
第二話。終わり。




